Nikon Dfを発売時に買ったひとも、2023年のいまでも使っているひとも、大多数のユーザーはむかしのフィルム一眼レフのようなデザインと操作系に惹かれて買ったのだろうと思う。とくに、マニュアル露出モードやシャッタースピード優先AEモードでは、シャッタースピードダイヤルをかちかちと回転させることができる。その操作が楽しい。
そうはいいつつ2010年代なかばのデジタル一眼レフではあるので、前後のコマンドダイヤルを備えていて、それらを使い一般的なデジタル一眼レフ同様に使うこともできる。実際には「ダイヤル操作を楽しみたいならばそういう使い方もできるし、通常の一眼レフのように前後コマンドダイヤルで操作したいならば、そういう配慮もしてありますからね」というカメラだ。
私には、そういう念入りな配慮があるところにも「ニコンクオリティ」を感じさせてならない。
『アサヒカメラ』に連載されていた「ニューフェース診断室」の別冊ムック「『ニューフェース診断室』ニコンの黄金時代 1」のなかで、「高級カメラ」の定義についてニコンFの開発責任者であった更田正彦さんが語っている部分がある。
「高級カメラとは何か、と人に聞くと、みんな言うことが違うんです。しかし、それを全部総合したものが高級カメラだと、私は言うことにしているんです」(原文ママ)
(「アサヒカメラ『ニューフェース診断室』ニコンの黄金時代 1』 P.208)
業務ユーザーなどは、ひとによってはカメラの限られた機能しか使うことはないだろう。それは、業務によっては撮影する設定をすでに決めてあるから。たとえば、スタジオでしか撮影しない機材ならばすでにライティングが組んであるだろうから。それでも、それ以外の機能が必要になった場合にも、業務に使うカメラならばとくに、安心して使えるようであってほしい。
Dfはフラッグシップ機ではない。実質的にはエントリークラスのD600をもとにしたカメラではある。そういうカメラではあっても、こういう配慮から「ニコンのカメラづくりの思想」つまり「ニコンクオリティ」を感じさせるように思える。大げさかなあ。
■だがしかし1/3ステップで露出を決めたい
私自身は最初に使ったフィルム時代の一眼レフが1960年代のカメラだったからか、あるいは、少年のころから「少し古めかしいデザインの道具」が好きだからか。慣れれば手探りで操作ができるダイヤル操作のカメラが好きだ。
日没後に写真を撮る場合にも、手袋をして撮影する寒冷地でも、手探りで操作できるカメラが頼もしく思える。
1990年代に私がモスクワに持っていったカメラはNew FM2だった。それは、電池を使わないでも撮影自体はできる完全機械制御式のカメラであったから。そして、手探りで操作できるカメラであったからだ。90年代のモスクワでLR44電池の入手はできたものの、1年のあいだに一度しか電池交換をせずにすんだし、マイナス20℃以下でもシャッターも露出計も正常に動いたから、その選択は外れていなかった。
私のそういう頑固な好みはいまでもまったく揺らぎがない。
だが、1990年代はAF化とマルチプログラムAE、各種自動化などのカメラの自動化と、多機能化と高精度化が進んだ。そうなると、従来のダイヤルだけの操作系では多機能化に対応しづらくなった。そこで、物理ボタンとコマンドダイヤルとともに、カメラ軍艦部(古めかしい言葉だが、カメラ上面のこと)にステータスLCDなどとよばれる画面表示が追加されるようになった。フィルムカメラでも背面モニターを持つ機種も現れた。そしてボディ背面には十字キーを備えるようにも。
デジタルカメラになりさらに多機能化が進み、メニュー操作を行う要素が増えるとダイヤル部分で操作できる要素が少なくなってしまった。高精度化と多機能化による必然だったのだろう。操作部位が多くなって煩雑に見えることを防ぐために、タッチパネルで操作する部分をエントリー機種では増やして対応している。
露出に関する部分だけにしても、シャッタースピード、絞り、ISO感度は1/2ステップではなく、1/3ステップで操作できることがいまでは望ましい。だが、物理ダイヤルをすべて1/3ステップで表示させるようにすると、こんどは表示が煩雑になり、むしろ見づらくなる。
Nikon F2のシャッタースピードダイヤル周り。 現代の視点で見るとものすごくすっきりして見える |
たとえば、シャッタースピードダイヤルは伝統的には1ステップ刻みだ。タイム、バルブ、あるいはX接点があり、1秒から、1/2秒、1/4秒、1/8秒、1/15秒、1/30秒、1/60秒、1/125秒、1/250秒、1/500秒、1/1000秒、1/2000秒、1/4000秒……というふうに刻まれている。
これをできるだけ簡単に表示するために、ダイヤルには1、2、4、8、15、30、60、125、250、500、1000、2000、4000……などと刻まれているはずだ。
フィルムカメラのF4のシャッタースピードダイヤルと周辺部。 シャッタースピードの高速化が進んでだいぶにぎやかだ。 ステータスLCDがないためか周辺部はそれでもまだすっきり |
現代のカメラはマニュアル露出モードやシャッタースピード優先AEモードならば、1/3ステップずつシャッタースピードを設定できる。絞りを優先させるならば無段階で速度設定もしているはずだ。これらは、かつて電池を使わない完全機械制御式カメラでは「中間シャッター」とよばれていた。特殊な歯車を使うような高級機のごく一部の機種ではないと使えなかった。それが電磁石でシャッターの開閉を制御するようになってシャッタースピードの制御も高精度化した結果、いまはごくふつうにこの中間シャッターが使えるようになった。
絞り値も、かつてのレンズでは1/2ステップでしか絞り環は操作できなかった。いまでは1/3ステップごとに制御できるものが大半だ。電磁式絞りはこうした高精度の制御を可能にしたわけだ。
ところが、シャッタースピードダイヤルに1/3段刻みの速度を書いていくと、1、1.3、1.6、2、2.5、3、5、6、8、10、13……とたいへん細かくなる。ここに書くのさえ端折りたくなる。常用しそうな速度だけでも1/60、1/80、1/100、1/125、1/160、1/200、1/250……というふうに。
ダイヤルをより大きくしても、この数字すべてを刻むのは無理だ。ボディサイズも大きくなってしまうだろう。そしてそのわりには視認性はよくはならないはずだ。日本のユーザーはとくにカメラのボディサイズを大きくするだけでも、いやがるのではないか。
■「カスタムメニューf11:シャッタスピードの簡易シフト」を知っているか
AF・AE化が進んだフィルムカメラや、あるいはデジタルカメラでシャッタースピードダイヤルがカメラ軍艦部になくなったのは、上記の理由だと私は思っている。
それでも軍艦部にシャッタースピードダイヤルを設けたDfは、どうこの問題を解決したか。それは「1/3 STEP」という表示を刻み、そこに設定してからコマンドダイヤルで操作して決めるという方法だ。
Dfのシャッタースピードダイヤルにある「1/3 STEP」 |
私はこの方法だけでもずいぶんスマートだと思っていた。そして、マニュアル露出モードもしくはシャッタースピード優先AEモードで撮影する場合には、このシャッタースピードダイヤルの「1/3 STEP」とコマンドダイヤルの操作で、1/80秒や/200秒などの1/3ステップのシャッタースピードを使っていた。
そう思っていた先日、Dfを持ち出して移動中にカスタムメニューを見ていた。すると「f11」に「シャッタースピードの簡易シフト」という項目があることに気づいた。「?(ヘルプ)」ボタンを押してみると、「シャッタースピードダイヤルで設定したシャッタースピードを、メインコマンドダイヤルで1/3ステップずつシフトでき、最大で±2/3の値に変更できる」とあった。
これを使えば、シャッタースピードダイヤル上で「1/3 STEP」に設定しなくても、シャッタースピードダイヤルを回して至近のシャッタースピードに設定してから、メインコマンドダイヤルで1/3ステップの変更ができる。もちろん、マニュアル露出モードとシャッタースピード優先AEモードで撮影する場合の話だ。
シャッタースピードダイヤルをかちかちを回すことが好きなDfユーザーには、ぴったりの機能ではないか。「1/3 STEP」にしないでも1/3ステップのシャッタースピードの設定ができるのだ。ただし、シャッタースピードダイヤルで設定した速度から±2/3ステップまでしか設定できない(だから「簡易シフト」なのだろう)。1/3ステップの「中間シャッター」を多用するユーザーはシャッタースピードダイヤルの「1/3 STEP」を使うほうがいい。
これはいわば、プログラムAEにあるプログラムシフトと同じ操作だよね。
【実際の操作例】
シャッタースピードダイヤルを「1/125秒」にして、そこからコマンドダイヤルでシャッタースピードの簡易シフトを行った例
たとえば、1/125秒に設定しておく |
コマンドダイヤル*を回すだけで、1/160秒にできる (*初期設定では後ろのメインコマンドダイヤルで。 「メインとサブの入れ替え」をしてある場合は前面のサブコマンドダイヤルで) |
2/3ステップまで変更できるので、高速側は1/200秒にも設定できる |
低速側にももちろんできる。1/100秒 |
1/125秒から低速側に2/3ステップシフトして1/80秒まで設定できる |
■説明書はよく読むといいことがある
Nikon Dfが発売されたのは2013年だから、もう10年もまえのこと。私自身が自分で所有したのは2018年だから、それからだってもう5年経つ。
Nikon Dfに関しては操作ハウツー本を何冊か自分もkindle電子書籍で出している。それなのに、2023年になってこの「カスタムメニューf11:シャッタースピードの簡易シフト」に気づいたなどというのは、じつにきまりの悪い告白だ。説明書も私は読んでいるのに。読み落としていたということだよね。
ただ言い訳させてもらうと、私はそのころに「絞り優先AEでNikon Dfを使う」という視点で書いていたから、シャッタースピードダイヤルを使う設定を細かく見る必要がなかったのだろう。見落としていたことは事実なので、それ以上の言い訳はできない。ごめんなさい!
はずかしい話ではあっても、ここに書いておきたくなった。なにしろ最近はこのブログでは「ファンクションボタンで水準器表示を出す設定の話」「OKボタンのひと押しだけで選択しているフォーカスエリア部分を拡大表示する設定の話」へのアクセス数がものすごく多いのだもの。
最近の話題の列車を撮影して記事にしていないから、かもしれないが。そして、古い列車の写真は勝手に使われることが何度もあったから、最近はネットにアップすることを控えている。
ある日Dfを手に列車に揺られていた。手持ちぶさたになってカスタムメニューをしげしげと眺めていて気づいた。そうして「?(ヘルプ)」ボタンを押して表示された説明を見て感激し、さらにはダウンロードしてスマホに入れてあるPDF版の説明書でも確認した。ニコンのカメラはヘルプ機能もあり、その説明もあるところもいい。
以前から書いているが、カメラに限らず操作説明書を読むのはとてもだいじなことだ。「知っているつもり」がいちばんあやしい。「裏を取る」(事実かどうかいろいろな方法で確認する)というのは、なにごとでも大切なのではないか。見落としていた人間がいうのは笑止千万と思われるかもしれないので、あまりえらそうにいうつもりはもちろんない。むしろ自戒の念を込めて書いている。
道具が「説明書を読まないでも操作できる直感的な操作系」を持つことは大切だ。だが、「説明書を読まないで操作をする」はまたべつの話だろう。直感的な操作系を持つ道具であっても、説明書を読むことは、非常に重要なのではないのか。
最初から最後まですべてのページを熟読する必要はない。自分にとって必要な部分だけ目を通しておくだけでいいのだ。
操作説明書とは、カメラメーカー(またはその販売会社)が専門の操作マニュアル制作会社と入念に打ち合わせをして、どうすればわかりやすくなるのか日々頑張って作ってくれているのだ。カメラやレンズ、ソフトウェア製品本体同様に、ものすごくお金と労力もかけて、「ユーザーのお役に立ちたい」という思いをこめた、いろいろな関係各位の知恵と苦労がつまっている読み物だ。そういうものをないがしろにするのは惜しい。私はそう思うのだが、みなさんはいかがだろう。
とにかく、このNikon Dfの「カスタムメニューf11:シャッタースピードの簡易シフト」はもっと知られていい存在だと思うので筆を執ったしだいだ。みなさんの役に立つといいのだが。