昭和から平成初期にかけて、中高生から大学生のころにコダクローム64(およびコダクローム64プロフェッショナル)を使って撮った列車の写真をこのところ見ていた。乳剤が非常に濃くて、いまのフィルムスキャナーのドライバーソフトではうまくポジ原板を肉眼で見る雰囲気にしづらい。そこで、ニコン「スライドコピーアダプターES-1」で複写していた。
1990年代のコダクロームの現像済みフィルムは こんなプラケースに入れられて戻ってきた |
ねんのためにあらためて解説しておくと、コダクローム(Kodachrome)とは米国イーストマン・コダック・カンパニー(コダック)がかつて製造販売していた「外式(がいしき)」リバーサルフィルムだ。1936年に発売された世界初のカラーフィルムなのだそうだ。発色用カプラーをフィルム内に含まないので「外式」と呼ばれていて、K-14プロセスという、通常の内式(ないしき)リバーサルフィルム用のE-6プロセスとはまったく互換性のない独自の現像処理を必要とした。
1990年代にはデーライト用にはISO 25、64、200の製品があり、最もよく使われていたであろうものはISO 64(略称KR、乳剤の管理が厳密なプロ用はPKR)。2009年まで製造され、2010年で現像の受付を終了した。
手元にあるKRおよびPKRで撮影したポジは、腕前がいまよりもずっと稚拙なころの写真ばかりだ。もちろん過去の写真ばかり。残念ながらコダクロームはもう販売されていないし、現像もできない。それなのに、コダクロームでいま撮るとどうなるのだろうという気持ちが強く湧き起こってきた。
そこで、デジタルカメラで似たようにできないかと、RAW現像時にコダクロームふうに仕上げることを考えたというわけだ。厳密に「コダクローム64のように仕上げたい」というよりも、漠然とした「コダクローム的な感じ」にしたい。
■デジタルカメラで再現するには
コダクローム、とくにコダクローム64(KR)および同プロフェッショナル(PKR)はどんな特徴のフィルムであったか。まず、それを以下に列記してみよう。あらかじめことわっておくが、いずれも「私にとっての」「思い込み補正によって」「美化されているかもしれない」特徴であり、みなさんとは共有できないかもしれない。
- 「忠実色」のフィルムではない
- ラチチュードが狭くコントラストは強め。シャドーが強く落ちる
- やや露出アンダー気味に撮ると力強い発色をする
- 白とびはしやすい。露出オーバーだとパステル調になる
- 赤の色に特徴があり「派手」というよりも「渋め」
- 西日などの赤みを帯びた光を写すとマゼンタよりも黄みが強調される
こんなところだろうか。いまのデジタルカメラの初期設定の絵作りでは見られないような絵作りだ。あざやかさはそう強くはないが、コントラストの強さとスミっぽさ(黒っぽい感じ)、力強さがある。
デジタルカメラの絵作りをこうするならば、これらデジタルカメラの絵作り設定をそれらしく設定することになる。ここでいう「絵作り設定」とは以下を指す。
キヤノン:「ピクチャースタイル」
ニコン:「ピクチャーコントロール」
ソニー:「クリエイティブスタイル」
パナソニック:「フォトスタイル」
OMDS:「ピクチャーモード」
ペンタックス:「カスタムイメージ」
富士フイルム:「フィルムシミュレーション」
シグマ:「カラーモード」
基本的には絵作り設定を「ニュートラル」などのレタッチ前程のモードで撮影しておき、RAW現像時にトーンを工夫する。つまりRAWかRAW+JPEGで撮れという意味だ。現像時に行うそうした設定をカスタムプロファイルとして登録でき、カメラにも読み込むことができる機種もあるので、ある程度設定を定めたら撮影時から使うのもいいだろう。
富士フイルムのカメラならば「フィルムシミュレーション」の「クラシッククローム」を使うとそれらしくなるのだろう。ただし、筆者は触れたこともないので確信が持ちきれないが、使っている方の例を拝見すると彩度がずいぶん低く感じる。これに手をいれるといいのかもしれないと思う。
富士フイルムのカメラ以外でRAW現像時の絵作りの設定にもっとも簡単にするには、別売のプラグインソフトやプロファイルなどをあてはめるといいだろう。Adobe LightroomやCameraRaw用のプラグインソフトを売っているひとがネットで探すと見つかる。各自ググられたし。
ニコンのカスタムピクチャーコントロールでコダクロームふうの設定を無料で公開している方もいるので、それを使うのもいい。LUMIXのLUT対応機種にも各種プリセットが配布されている。そういえば、一時期流行していたVSCOは試しもしないうちになくなってしまった。
DxOフィルムパックという製品もある。粒状の再現もできるようだ。そうだった、かつて存在したNik collectionをDxOが2017年に買収したのだそうだ。Google時代に記事にしているのにすっかり忘れていた。
コロナ禍以前のことは遠い昔のようだよな。
純国産RAW現像ソフトであるSilkypixにはずいぶんまえから「フィルム調K」と銘打ってコダクローム的にする設定がある。フル版だけにあるのではなく、各社メーカー用のSE(少なくともパナソニック用SE 8)にも搭載されている。
Silkypix SE 8の「フィルム調K」 |
まとめると、手っ取り早いのはRAW形式で撮影をして、市販のAdobe Lightroom やCameraRaw用プロファイルを購入して使うこと、あるいはSilkypixで現像することだ。相当作り込むのを毎度行うならばDxOフィルムパックやNik Collectionを買うといい。
ここまで書いておいて、なぜ「あれこれ考える日々」などと題したのか。それは考えれば考えるほど、コダクロームとははたして汎用的に使える、使いやすいフィルムだったろうかという思いに駆られるから。
真夏の日中のトップライトなどではコントラストが強すぎて、非常に使いづらかった記憶さえある。コントラストが強すぎてシャドーが黒くつぶれすぎるのだ。
思えば90年代から21世紀になったころには筆者はコダックのポジフィルムならばE100SやE100G、カラーネガならばポートラ160NCを使っていた。富士ならばアスティア100Fだ。コダクロームの色は好きでも扱いにくさに手を焼いていたからだ。
そのことを改めて思うのは、カスタムピクチャーコントロールとしてどなたかが作ってくれた「Kodachrome 2」を試しに現像時に当てはめてみると「筆者の思うコダクローム」にはそのままではならない。彩度が低すぎるように思える。「Kodachrome 2」は筆者がその現役時代を知らないむかしの「コダクロームII」ふうなのかもしれないが……プロファイルでもお前は扱いにくいのか。
"Kodachrome2”はどうやら「ニュートラル」の彩度を下げて トーンカーブで輝度を明るくしているようだ |
これはあくまでも一般論だが、記憶色と忠実色という考え方がある。フィルムの発色もデジタルカメラの絵作りでも、現実の被写体の色を忠実にすると非常に地味でくすんで見えるのだそうだ。だから、人間の目にとって心地よくなるようにカメラや写真でのあざやかさなどは「被写体そのものの色」よりも強められた「記憶色」に設定されている。
参考までにピクチャーコントロール:スタンダード |
筆者のふだんの設定はピクチャーコントロール:スタンダードで。 ただし輪郭強調を-1して2、ミドルレンジシャープを-1して1、彩度を+1にしている。 もっともAdobeで現像してしまうのでこれは「jpeg撮りっぱなし納品するとき用設定」 |
そして、現在のデジタルカメラの絵作りにおいて、フィルムよりも一般的にはあざやかさは強く作られている。肉眼で見るよりもあざやかなはずだ。コダクロームを模してどなたかが作ってくれた設定や、「フィルム調K」のそのままでは自分には地味すぎるように思えるのはそういうことなのだろうか。もしかしたら、汎用性を持たせるべく素材的に「あなたの思うようにコントラストや彩度を足しなさいね」と、眠い感じになるように意図的に作られているのかもしれない。
さらには、フィルムは連続的(アナログ)に無段階で階調を再現できるが、デジタルカメラはRAWファイルでも12(4,096色)から14ビット(16,384色)、jpegファイルやWebでは8ビット(256色)でしか階調再現ができないという特徴がある。階調再現の連続性に制限がある。ねんのためにつけたしておくが、再現できる階調の幅の広さではなくて、その幅の中での連続性のちがいだ。
いっぽう、ハイライト部分のダイナミックレンジ(白とびしにくさ)はフィルムのほうが有利かもしれない。だが、シャドー部分の再現(黒つぶれしにくさ)についてはデジタルカメラのダイナミックレンジが有利だ。感光特性がちがうからね。どちらが優れているという意味ではなく、それぞれの得意分野がことなるということ。
色や絵作りに関する知識の不足を感じている筆者が本稿を書きながら、非常に興味深く読んで「なるほど」とある種の示唆を得たと思ったのは、デジカメWatchに掲載されていた豊田慶記氏が富士フイルムの技術者にインタビューした記事だ。上記記事の後編に以下のようにあった。
(以下、引用)
——富士フイルムとして、「色の深さ」というのはどのようなものと考えているのでしょうか。というのも、「深い色」という表現を我々は用いることがありますが、その一方で明確に深い色を説明せよ、と言われると非常に困難なものだと思っているからです。設計するにあたって論理化・言語化が出来ていれば教えていただけないでしょうか?
入江 :我々は色の深さとは“色のトーン”のことだと考えています。
藤原 :私個人としても“色の深み”とは“階調性”だと考えています。明るさの階調性、色相の階調性、彩度の階調性。それぞれの階調性がちゃんとスムースな連続性を持って繋がっていること。それが色の深みを表現しているのだと捉えています。
(引用ここまで)
自分の疑問に関して戻ると、「フィルムシミュレーション」もフィルムそのものの色みをそっくりに作っているわけではない。似た方向の色みと階調性を持たせるように工夫しているだけだ。
色みと階調性を気にすること。ホワイトバランス、コントラスト、輝度、色相なども含めて調整していくほかない……つまり、どなたかが作ったプロファイルや設定そのままではなく、そこからスタートして調整する必要があるというわけだ。そして、どのような状況でも使える汎用性はあきらめて、特定の状況でのみ効果的であるものは仕方がない。いまのDxOなどはどうなるのか試していないのでわからないけどね。
こう思うと、少し納得した。
■撮影時からその特徴を考えたい
よく考えてみれば、筆者にとってコダクローム64を好ましく思う状況というものがあった。それは、赤みを帯びた夕方の光を浴びた被写体を逆光で撮る場合だ。当時のフジクロームではマゼンタが強調される感じがして、やや黄みがかるコダクロームのほうが好みにあった。前回のエントリーで鶴見線の写真が夕方ばかりなのはそういう理由だ。
Silkypix SE 8でLUMIX「ヴィヴィッド」からコントラストを減らした 2019年7月、JR奈良線103系NS409編成 |
Silkypix SE 8「フィルム調K」から。緑の渋さはコダクロームっぽいかも |
撮影済みの写真をRAW現像するときに、どうしてもプロファイルそのままではいまひとつしっくりこないのは、そのプロファイルなりプリセットが自分の好みに必ずしも合っていないからかもしれない。そして、それだけではなく、撮影時にそれを使うことを意図して自分が撮影していないからかもしれない。特徴のある絵作りのプロファイルは汎用性が必ずしもあるわけではないので、似合う被写体や絵柄を選ぶのではないか。
Silkypix SE 8のLUMIX「スタンダード」より 2019年7月、JR奈良線103系NS407編成 |
Silkypix SE 8「フィルム調K」。 空に黄みがかかるのとシャドーのつぶれ方に記憶の中のコダクロームらしさがある |
これはたとえば、モノクローム写真を撮ることを考えれば容易に想像できる。モノクロ写真では色が再現できないので、効果的に使うには被写体の形状(フォルム)と光の当たり方を強く意識して撮影することが多い。撮影時から視点を変えている。
ところが、仕上げをカラー写真にする一般的な撮影では、色を意識して撮影することが多い。被写体の見方や意識するところがことなるために、カラーで撮影した写真を撮影後にモノクロームに変換しても、いまひとつよく仕上がらないことが多い。それは、撮影時の注意点や意図のちがいに原因があるはずだ。
コントラストの強さ、シャドーのつぶれかた、 ハイライトのすっ飛び方は Creative Picture Controlの「04 サンデー」が 意外にも私にとっての「コダクローム的」に思えた |
Creative Picture Control:04サンデーからいじっていくとこういう感じ |
絵作り設定の大きな変更も同じなのではないか、という気がする。だからきっと、「コダクロームふうの色」を求めるならば、撮影時からそれを意識して露出、構図、被写体の選択、光線状態の把握、WBの設定をするべきなのではないか。「RAWで撮るから現場ではおおざっぱに決めておいて、現像時にきちんと決めればいいや」というのはよろしくない気がするのだ。
「コダクロームらしい絵にするならば撮影前に似合う被写体や状況探しから行うべし」というのは、あたりまえのこととはいえ、趣味には少し重いよな。
趣味で撮るみなさんは、もっと気軽にやればいいと思う。本気で撮りたいならもちろん撮影時から考えよう。
筆者は最近流行しているブリーチバイパス(銀残し)的な絵作り、ハイキーにする絵作り、ティールアンドオレンジのような色かぶりをさせた絵作りをうまく使うことができないでいる。これも同じ理由だ。つまり「そういうふうに被写体を見ていないから」うまく使えない。うまく使える若いみなさんは「いまふうの絵作り」できちんと仕上がりを想像でき、そういうふうに被写体を見ているのだろう。
いっぽう、私はいわば「新しい機種ほど高画質であってほしい」という「画質進歩史観」にとらわれていると思うのだ。だから、画質低下させるように思えてならない色かぶりを好まない。なによりも、色かぶりをさせたようには被写体を見ていない。そういう理由でいまの絵作りの設定をうまく使えないのだろう。
かといって、かすみの除去と明瞭度を極度に強めたり、HDR的な効果を強めて煽り文句をキャプションにつける黙示録的な絶景系写真も好みではない。本来の意味とはことなる「えぐい」「えげつない」も自分では使わないし言わない。もちろん、1990年代のベルビアと偏光フィルターを使う風景写真を好むほどシニアでもない。バンダナもしていないし、赤いエクスクラメーションマークも使わない。ここ笑うところだ。
コダクローム的な絵作りも同様だ。いまの私はコダクロームのように仕上げようとして被写体を見ていないのだろう。
筆者はそこそこ見栄えがするように汎用的な設定として「ニコンのカメラでもパナソニックのカメラでも『スタンダード』に少し手を加えて撮っておいて、Adobeでそれに合わせてRAW現像する」視点でものを見ているのだろう。ただ、これは業務的な視点ではあっても、趣味的なものではないね。
業務的な視点はべつにいいのだ。趣味的には「コダクロームを意識してそう仕上げる視点」も自分に追加できるように、訓練してみたいと思う。いろいろと撮ってみて経験を積まないとわからないものね。
Creative Picture Control:04サンデー(以下同じ) 2011年9月、秩父鉄道1000系電車1007編成 |
このハイライトが飛び気味な感じとシャドーの感じ |
2024年5月、上信電鉄500形501編成 「サンデー」からWBをいじっている |
2024年5月、上信電鉄700形705編成 ピクチャーコントロール:スタンダードより 四隅を落としたり部分的に明るくもしている コダクロームならばもっとシャドーをつぶしてしまうだろう |
お盆休みのあいだずっと考えていたのはこんなことだった。写真の色づくりや絵作りの奥の深さというものを味あわされたような、そんな気持ちだ。知らないこと、やってみたいことはまだまだたくさんあるね。