報道によると台風21号の強風の影響により、阪堺電気軌道(以下、阪堺電車)の運転が9月5日正午現在では上町線の天王寺駅前と我孫子道のみになっているようだ。大阪市内や堺市内でいぜん停電しているところもあるようで、本稿執筆時にも阪堺電気軌道のWebサイトに接続できなかった。どうやら堺市内の大小路で停留所が強風に吹き飛ばされたり、飛来物が架線や軌道に落下したもようだ。そして、あちらではふだんは阪堺電車が運休することはめずらしいようで、それが台風21号の威力をものがたるとか。みなさんの日常生活が早く戻ってくることを祈っている。(ご注意:正確な運行情報などは各種ニュースサイトやTwitterなどでご確認くださいませ)
それで、阪堺電車が気に入った日のことを書いてみる。これは私からのささやかな阪堺電車とその沿線のみなさんへのエールのつもり。
さて、私はむかしから路面電車に愛着がある。モスクワで暮らしていたときにはしばしば乗りに行き写真に収めた。理由はよくわからない。気軽に乗ることができるところが好きなのか。いささかアナクロな乗り物に思えたからか。幼少の頃に東京・北区に暮らしていて都電荒川線をよく見に行っていたからか。幼稚園の遠足はあらかわ遊園であったり、親に連れられて梶原の都電もなかの店に行ったことも覚えている。1978年(昭和53年)に荒川線で運転された「荒川線再出発(完全ワンマン化)新装花電車」も見た記憶がある。花電車用に屋根を撤去された電車に装飾がなされて、着ぐるみを着たりメイクをして踊っているひとがいたことも。
■リハビリ鉄は阪堺電車から開始
とにかく、それ以来路面電車がある町に行く機会があれば、わずかでも乗るようにしているし、乗れなくても見るだけでうれしくなる。サンクト・ペテルブルク、ローマ、プラハ、それから広島はいずれも好きな町になった。時間を作ってじっくり訪れてみたいと思う。そんな路面電車好きな私が在阪長期入院生活が決まった頃に、思い出したのは阪堺電車の存在だった。まず思ったのは、どこを走っているのかということと、病院から近いのかどうか。
運がよかったともいうべきか。地図を見ると私のいた病院は松原市の外れ、堺市に接するところにあった。直線距離では阪堺電車の堺市内の大小路沿いを走る区間なら5キロ程度しか離れていないのだ。そこで、入院生活をはじめて外出許可が出て、カメラを持ち歩く元気が出た頃にまず訪れた先は、阪堺電車沿線だった。公園のウォーキングだけでは飽きてしまうので、カメラを持って好きなものを撮りながら歩こうというわけだ。自分に甘いので(苦笑)。
そこで大阪都心に用事があって出た帰り道に、天王寺から上町線に乗ってみた。やってきたのはモ701形電車。東急車輛製造製なんだな、見た目は近代的だけど床下からはどうも古めかしいコンプレッサーの音がするぞ、と思って乗り込んだ。
■帝塚山、住吉、我孫子道とすすんで大和川でたまらなくなった
天王寺駅前の喧騒からゆっくりと電車は離れていく。「ははあ、あべのハルカスといっしょに写せるってのはこれか」と思っていると専用軌道区間に入った。それもほどなく終わり、しゃれた住宅地のあいだの併用軌道区間に。帝塚山とはこういうところかあ、とあずまびとの私は「お上りさん」としてきょろきょろしながら電車に揺られた。軌道沿いにすてきなパン屋も喫茶店もある。こういうところで電車を見ながらコーヒーを飲むのも楽しそうだ。
帝塚山四丁目を過ぎてからは専用軌道に戻り、南海高野線を越えて急カーブを曲がって住吉に。ふたたび併用軌道になり、恵美須町からの線路と合流する。これがかの住吉大社ですか、とふたたびきょろきょろ。降りようかと迷うけれど、まずはもう少し乗ることにしてこらえた。
専用軌道にふたたび入って我孫子道に。車庫はあれなんだな。降りようか……と思いつつ勾配を越える電車にゆられる。車庫の奥にはクラシックなモ161形が数両見えて、あれに乗りたいのだけどなあと思ったり。
電車が勾配を越えるのは、大和川の堤防があるからだった。河口に近いので川幅も広い。眺望がよくなってうれしくなる。そして、堤防の上にある大和川停留所を見て、どうしても降りてみたくなった。こういう「なんにもない」雰囲気がたまらなく好きだから。清涼飲料水の自販機さえないところにひかれたのだ。
■モ501もなかなかいい
大和川停留所で降りてみて、自分も堤防に立ってみた。すぐ下流には大和橋があって、高速道路があり南海本線が走り、上流を見ると少し遠くに南海高野線が走っている。阪和堺市駅前のタワーマンションがよく見える。大和川を渡ってくる風が涼し……ければよかったのだけど、この日は風はそよとも吹かなかった。それでも、水辺にいるとわずかに気持ちがやわらぐ。都会が好きだし、人里離れた山奥に行くとつまらないと思うのに、大和川沿いの眺望が開けたようすを見ているのは心地いい。もし堺や大阪に住んでいたら、阪堺電車に乗ってこの場所にしょうちゅう来たくなる。自転車に乗って来るのもいいな……と日が高いのにふともの思いにふけった。
さて、この日運用に充てられていて自分が気づいたのは、モ701形のほかには最新鋭の「堺トラム」、そしてモ501形だった。夏場は非冷房のモ161形が走らないということだけはかろうじて知っていたので、それを見られないことはあきらめがついた。そして、モ501形のおでこライトと1960年代テイストにあふれた半流線型の車体が気に入った。なかなかかわいい。
さらに、阪堺電車の沿線風景の多彩さも気に入った。まだ全線乗っていないくせに、だ。天王寺駅前の大都会、帝塚山の高級住宅街、住吉大社、かと思うと下町っぽい住宅街の裏を走り、そうして大きな橋を渡る。都電荒川線よりも沿線風景の変化の幅が大きいので、絵柄にもバリエーションを設けることができるのではないか。そこで、在阪期間中は阪堺電車に通って写真を撮ろう、そう決めたのだった。終点の浜寺駅前にまだ達していないけど、気に入ったのだもの。阪堺電車、なんだか好きだよ。
【撮影データ】
Panasonic LUMIX DMC-GX7 Mark II/LEICA DG SUMMILUX 15mm / F1.7 ASPH. LUMIX G 42.5mm / F1.7 ASPH. / POWER O.I.S./Adobe Photoshop CC 2018