■Kindle電子書籍『LZOC MC Jupiter-9 85mm F2.0 オールドレンズデータベース』も発売中
ソビエト製レンズでもっとも有名かもしれないレンズのひとつに、Jupiter-9 85mm F2.0/Юпитер-9 85мм F2.0というものがある。前回のエントリーでも書いたものだ。このレンズの最終版であるロシア・リトカリノ光学ガラス工場(LZOS/ЛЗОС)M42マウントのマルチコート版のレンズを、私と水子貴晧さんの共著でKindle電子書籍『LZOC MC Jupiter-9 85mm F2.0 オールドレンズデータベース』で取り上げた。既発売なので興味のある方はぜひ参照してくださるとたいへんうれしい。
月額読み放題制のkindle unlimitedにも対応している。ぜひご一読くださいますようお願いいたします。
【制作】ぼろフォト制作委員会
【著】秋山薫、水子貴皓
【編集】秋山薫
【監修】齋藤千歳、小山壯二
【価格】250円
■画面中心部の解像感の高さとコントラストや色みはわりと現代的
詳細は本書を読んでいただきたいが、MC Jupiter-9 85mm F2.0の画面中心部の解像感はひと絞り絞るとすっと高くなる。マルチコートもなされてコントラストもあり、色みも比較的ニュートラルだ。また、最短撮影距離が0.8メートルと一眼レフ用レンズとして標準的なところも扱いやすい。
アタッチメントサイズが⌀49mmという外形寸法は一眼レフ用レンズとしてはむしろ小さいほうなのかもしれない。ただし、外装も金属製で、質量は約400gあることから、手に持つとずしりとした重みがある。
■画面周辺部の画質がいまひとつだったのは個体差か
周辺光量も豊富で、極端な周辺光量落ちはなかった。また、ぼけの形もよい。絞り羽根が15枚もあるので、絞っていってもぼけのかたちに丸みがある。
ただし、試写した個体では画面周辺部の描写に甘さが残った。いわゆるぐるぐるぼけというほどではない。これは絞っても完全には改善しなかったところが残念だ。もう少し周辺部の画質は絞り値によって向上するかと思っていたから。もしかしたら調整不良の個体なのかもしれない。
このレンズはプリセット絞りであるぶん、自動絞り機構の故障に悩まされることはなさそうだ。ただ、絞りリングとはべつにプリセットリングというものがあり、合計で2つの絞り操作リングがあるという構造は知らないと面食らわせるかも。説明書つきで入手できることも少なそうだから、その操作を知らないユーザーだと「壊れているのか」と思う方もいるかもしれない。
「自動絞りとプリセット絞り」のちがいについてはリンク先のデジカメWatchのとよけん先生(豊田堅二さん)の記事を参照してほしい。
プリセットリングとは、もともとは光学ファインダーの一眼レフでピント合わせをするために絞りの開閉を迅速にするためのクリックのない絞り操作リングだ。絞りリングは簡単には動いてしまわないようにクリックが設けられているので、プリセットリングを使うほうが絞りの開閉の操作がしやすい。絞り値を選択してからプリセットリングを回して絞りを開く。ピント合わせを終えたら、プリセットリングを戻す。このとき戻し忘れると絞りが開いたままになる。
これを読んでもらっても知らないひとに理解してもらう自信がない。
そして、先日のエントリーのように、このレンズも半逆光や斜めからの強い光を受けるとフレアが出てしまい、シャドウ部の描写にしまりがなくなる。純正ではレンズフードは用意されていないはずだ。ebayではフードをセットにして売っているセラーがいる。アタッチメントサイズ⌀49mmの中望遠用フードをなにか探して装着しよう。試写している段階では合うフードは見つけられなかった。
曇り空で逆光の日に。 シャドウがしまらないのは内面反射のせい |
■このレンズは一般向けではないかもと念押ししておく
このレンズの入手と使用に関して書こうとすると、私はいろいろと考え込む。前述のプリセット絞りもふくめて、いろいろな部分がクラシックなままで、使い手を選ぶレンズだ。もし安価に入手できても、エントリーユーザーに扱いやすいわけではないのだ。コツや慣れ、ひとによっては忍耐力を要求されるのでエントリーユーザーにはおすすめにくい。思うように写せなくてがっかりさせそうだから。
だから、このレンズをはじめとするソビエト製レンズについて知らなくて、これから手に入れたいと思っているひとは、以下の可能性を覚悟してほしい。できればインターネットオークションやメルカリなどではなく、以下に書くことを嫌がらずに説明してくれる店員さんのいるお店に行くこともおすすめしたいな。
まず、長年に渡って作られていたものの、調整もされず放置された個体も相当多い。撮影前に調整や修理が必要な個体もあるはずだ。そういう場合は購入価格よりも値が張っても修理店に依頼しよう。動作部分の公差も大きめに設けられているために、調整をしてもヘリコイド部分にがたつきがあるものもある。
絞り羽根にグリスがにじみ出ている個体も見受けられる。自動絞りではないので動作にはそう支障しないはずだ。また、スクリューマウントのレンズはボディやアダプターとの組み合わせにより、レンズ指標が真上を向かないこともある。
各部の仕上げの雑な感じ、グリスのにおい、元箱や説明書、革ケースの接着剤に使われていたニカワのにおい、説明書の紙質や印刷の質などが気になるひとにもすすめられない。
「見慣れない部分がたくさんあるけれど、異文化で作られた品物だもの、仕方がない」と思えるひとは楽しめると思う。
たとえていうと……ロシア人シェフのいるロシア料理店や、むかしのアエロフロートの機内食で出てくる、ドイツふう黒パンよりもずっと酸味の強く固い黒パンを「これはこれでおいしい」と思えるようなひとならだいじょうぶかも。MC LZOS Jupiter-9 85mm F2.0もそういうくせの強い品物のひとつだ。だから、ソ連崩壊後に彼の地のひとたちも買わなくなり手放したわけ。
こういうのは古いフィルムカメラやレンズを使ううえの基本事項でもあるし、クラシックカーをレストアしながら乗る行為に似ているかも。苦労して乗りこなしても走行性能や燃費、乗り心地が最新の自動車なみになるわけではない。それでもお金をかけてクラシックカーに乗るのは、入手と手入れの手間、運転技術を身につける苦労や失敗が楽しいからのはず。時間とお金と気持ちのゆとりのあるひとにだけ向いているということだ。
だからもし、あなたがこのレンズをうまく使えなくても気にしないでもいい。だいじょうぶ。ただたんに、ひとには向き不向きがあるというだけだもの。
いっぽう、もしうまく使いこなせたら自慢していいほどの腕前をあなたはお持ちだ。私自身はこのレンズは好きだし、苦労してでも使いこなしたくなる魅力はじゅうぶんにあると思うよ。
【撮影データ】
Sony α7II/MC Jupiter-9 85mm F2.0(LZOS、M42マウント)/クリエイティブスタイル:ビビッド(いずれもJPEG画像にクレジットを入れてリサイズしたのみです)