2022年5月6日金曜日

【秩父鉄道撮影記事】デキ201+12系客車+デキ105の団体臨時列車にワレ遭遇ス。返しは望遠レンズで正面がちにねらう話


■本格的に晴れてきた!
秩父鉄道の「北武区間」と筆者が勝手に呼ぶ区間、つまり旧北武鉄道によって開業した羽生〜熊谷の区間で、デキ201+12系客車+デキ105の団体臨時列車に遭遇した日の話の続きだ。羽生方面行き団臨列車が到着する直前に、雲間から太陽が姿を現した。そして、それからはあたりはみるみるうちに明るく晴れた。晴れを予想しない構図で撮影したので、いろいろとレタッチに悩まされることは予想した。それでも、やはり晴れているほうが露出も稼げて、絵柄にもめりはりは出る。

■望遠で正面がちにねらって絵柄に変化をつけることに
さて、こうなったら折返しも撮りたくなる。この曲線区間では熊谷・三峰口方面行き列車を夕方撮ると、曲線の内側から見ると列車の正面だけに日が当たり曲線の外側から見ると列車全体に日が当たる。曲線の内側に立ってカメラをやや下げると画面奥にある小学校の建物を隠すことができて、列車を空に抜くことが可能だ。いっぽう、曲線外側から見ると列車全体を順光で撮影できる。とはいえ、線路そばの枯れ草がやや邪魔をして私にはうるさく感じられた。

さきほど私の周りにいたみなさんがたの大半は、曲線の内側から列車の編成全体をねらうつもりのようだった。私はというと、むしろ列車を正面がちに撮りたいと考えた。上下で距離感に差をつけて、絵柄の雰囲気を大きく変えたい。

具体的にいうと先ほどは60mmでやや広めに列車をとらえたので、折返し列車は正面がちに望遠でねらって絵柄に変化をつけようと考えた。そこで、早足で歩いて撮影場所に向かいながら300mmにレンズを交換した。レンズ交換は本来は座るなどして落ち着いて行うべきもので、急ぎ足で歩きながらレンズ交換をすることはよい子のみんなにはおすすめできない。すみません。


まずは羽生行き普通列車に7002編成がやってきたので、露出のチェックと構図の確認のために後追いでねらった。東急平妻車は太陽光をじつによく反射する。ハイエストライトを白飛びさせない露出にするには、大きめの露出補正または大きめな露出アンダーめの露出設定が必要だ。14ビットRAW形式ではないと輝度差が大きすぎてうまく写せそうにない。8ビットJPEGで撮って撮影後にレタッチするのは無理だ。

この7002編成と交換して次にやってきたのは、さきほどのナナハチ(7800系電車)だ。2両編成だとレリーズ位置をよく考えないと背景のいろいろなものを写し込んでしまう。そう考えると、この撮り方は2両編成には向かないかもしれない。そういえば、ここでこの撮り方をしていたときにねらっていたのは、3両編成の1000系電車や5000系電車だった。

2012年6月

■デキ105が先頭に立つ
だが、団臨はデキ105+12系客車4両+デキ201と普通列車よりもずっと編成が長い。だから、背景のいろいろなものを、うまく扱えば列車で隠すことができるはずだ。そこで試写の結果を見ながらしゃがんでカメラの位置を少し下げた。そうすることで列車を使って背景をより隠しやすくなるだろうし、自分の奥で曲線の外側と内側からねらっているひとたちの邪魔に少しでもならないようにと思ったから。

さらに、三峰口・熊谷方正面にパンタグラフがあった1000系電車のときのように、先頭の車両のパンタグラフを意識して、カメラを下に向けないように注意が必要だ。

さきほどの団臨は羽生まで行かず、側線のある田んぼのなかの駅で折り返してくるそうだ。普通列車の上下交換が終わって少しすると汽笛が聞こえて、茶色い機関車が見沼代用水の橋梁をゆっくりと渡ってくるのが見えた。


デキ105号は水色に白い帯の塗装だったころにはこれまでに何度も写しているし、茶色に白い帯に塗装変更がなされてからはその試運転の列車を撮った。だが、この時点までに鉱石貨物列車をはじめとする長編成の列車の先頭に立つ姿を私自身の目ではまだ見ていなかった。それが、こういうめずらしい列車としてふだん走らない区間で撮影することができたのは、とても幸運に思えて少々感激した。

今度は順光での撮影だから、RAW現像もレタッチもそう難しくはない。RAW+JPEGで撮影して露出補正を行った程度だ。細かくいうと、画面内に入った雑草と背景のあれこれ、踏切の黄色や車体の反射をめだたないように部分的に彩度と明るさを落としてはいる。これらはいわば仕上げのようなものだ。いずれにせよ「撮りっぱなしで完成」ということは私にはほとんどない。

■田んぼのなかの駅をひさしぶりに「堪能」した
列車が通過してから駅まで戻った。ひさしぶりに来たので、駅に戻ってきてからもあれこれと駅周辺のようすを絵にしようと試みた。駅前の使われなくなっていた農業倉庫はすでに解体されていた。そのほかはあまりようすは変わっているように思えなかった。うまく撮るとほんとうに田んぼのなかにあるように写すことができるのが、この駅の特徴だ。

もっとも、駅の周囲は実際には都市郊外の市街化調整区域であり、羽生方には農地が広がってはいても、住居や工業団地も近隣にある。だから、それらを写し込まないようにプラットホームで背景を隠すためにカメラの高さを下げるといった、ほんのちょっとの工夫はしている。

前回のエントリーでも書いたように、写真撮影とは意図に応じた情報の整理整頓だ。撮影後に画面内にあるものをレタッチで消さないで済むように、撮影時に細心の注意を払うべきだと私は考えている。



復路も往路と同様に、熊谷から東松山まで路線バスに乗り、東松山からは東武東上線に揺られた。ちょっぴり充実した撮影ができたためか、車窓から見えた夕焼けも心なしか美しく感じられた。列車から送電線の背後の空にカメラをつい向けた。


この団臨列車のことをご教示くださった方には、ほんとうにお礼申し上げます。おかげさまで、めずらしい列車を撮影することができてたいへん満足しています。ありがとうございました。なお、この列車は大学鉄道研究会の主催した記念列車であり、私はそれに便乗した人間に過ぎません。ニュースサイトではないために、即時性をこのブログに課しているわけではありませんが、発表をいままで控えておりました。

【撮影データ】
Nikon Df/AI AF Micro-Nikkor 60mm f/2.8D, AI AF Nikkor ED 300mm F4S (IF)/RAW/Adobe Photoshop CC