2019年4月30日火曜日

【秩父鉄道1000系電車】秩鉄1002編成「リバイバルカラー・デハ100形タイプ」を思い出しながら

2011年4月(再掲載)

■平成の御代の終わりに
直いうと私自身は元号が変わることをあまり強く意識していなかったけれど、平成年間が終わろうかという日にどういうわけか、かつて走っていた秩父鉄道1000系電車という「平成年間に最後に活躍した昭和の電車」のうち、2009年春に「リバイバルカラー・デハ100形タイプ」塗装になった1002編成のことをなつかしく思い出している。おそらくは、西武赤電復刻塗装と切妻形の西武571系電車からの連想にちがいない。

とはいえ、1980年代なかばまでの秩父鉄道のツートンカラーは「小豆色とはだ色」で、西武鉄道のかつての赤い電車の塗装である「ディープラズベリーとベージュ」とはことなる。むしろ、東武鉄道の特急・急行色である「ロイヤルマルーンとベージュ」に近い。東武のマルーンのほうがやや赤みが強いだろうか。似ているのだけど、その微妙な差については確信を持って語りにくい。色に関する記憶というのはあてにならないから。

■思えば、1/1ダイカスケールのようだったかも
それにしても、この秩鉄1002編成の塗りわけがたくみでユニークなのは、切妻形の元小田急1800形である800系電車のような、いわゆる「金太郎塗装」になるのではなく、100形や300系、500系電車のように、前面にウイング模様がある塗りわけにされたことだと思う。登場が予告された際には私はなんとなく800系電車の金太郎塗りを連想していたから、じっさいに2009年5月のわくわく鉄道フェスタで実車が展示されたようすを写真で見たときにはおどろかされた。そして、それが予想以上に似合っていることに舌を巻いたものだ。

もっとも、もし金太郎塗りで登場したら、かつて売られていた金属製の玩具「ダイカスケール」の具現化のように見えて、おもしろかったしれない。この玩具は、むかしはすべて国鉄103の形をしていたのを、さまざまな私鉄の電車の塗装にしただけで売られていた。

いや……このデハ100形塗装であっても、国鉄90形電車として登場したこの電車は国鉄時代は1色塗装で、平成になって民営化しても、南武支線以外ではやはりここ秩父以外では単色塗装のままだったから、いずれにしても1/1ダイカスケール的な存在だったかもしれない。けれど、私にはこの塗装はとても元国鉄90系電車(101系電車)に似合っていたように思われた。

こういう塗装になるのかと思っていたら(1985年10月)

この塗装で登場して驚かされた(1986年10月)
■もっともっと撮っておきたかった
この塗装をまとって走り始めたのが2009年6月。そうして2012年5月頃に廃車になったこの電車のことは、旧ブログなどではさんざん記事にした。ところがいま思うと、自分の予定と運用がなかなか思うように合致せず、好条件で撮影できた機会が少ないのだ(したがって、写真がほとんど再掲載です)。たしかに、秩父鉄道沿線で運よく見かけても、羽生と三峰口を往復するには時間がかかるので、同じ場所に居続けてもふたたび見るまでには光線状態が変わってしまう。

さらに、熊谷入庫になるような運用ならば、1日に1度しか撮影機会がなかったということも少なからずあった。もっとも、そのころの自分の腕前もまだまだ未熟だった。だから、2012年12月まで走ったいわゆるチョコバナナ塗装になった1007編成のほうが、自分にとって印象的で思い入れのある写真を多く残すことができた。

2010年3月

2010年3月

2010年3月

2009年7月

2010年7月

2011年11月

■とはいえ後悔はつまらない
それにしても、「もっと撮っておけばよかった」という後悔は後ろ向きでつまらないね。だから、そういわないで済むようにいまの私は機会があれば相当数撮るようにしている。そう思うと、これから見る令和の鉄道シーンもたくさん撮っておきたい。うまく写真を撮るにはたくさん撮るしかないから。もっと元気になりたいものだ。令和の時代にもっともっと自分が思うように活動できますように。

【撮影データ】
Nikon D2X/AI AF Nikkor 300mm F4 ED, AI AF Zoom-Nikkor 80-200mm f/2.8D ED <NEW>, AI AF Nikkor 50mm f/1.4D, AI Nikkor 50mm F1.8S/RAW/Adobe Photoshop CC 2019