かつて、いまのZシリーズミラーレスカメラをニコンが発売するまえの2011年から2018年にかけて、Nikon 1シリーズというレンス交換式シリーズカメラがあった。2011年9月21日に報道発表がなされてV1とJ1の発売が予告されて始まった。
センサーサイズは13.2mm×8.8mm。フォーサーズ・マイクロフォーサーズの4/3型(約17.3mm×13mm)よりひとまわり小さい。けれども1型(1インチ)センサーよりはやや大きい「CXフォーマット」センサーを積み新設計の「Nikon 1マウント」を用いるカメラだ。
電子ビューファインダー(EVF)のあるVシリーズ、EVFのないJシリーズとSシリーズ、耐水・対衝撃性に考慮したAWシリーズがあった。
Nikon 1 V1+1 NIKKOR 18.5mm f/1.8 2013年10月 |
ボディカラーにもバリエーションがあり、VシリーズV1とV2にはブラックとホワイトが用意され、JシリーズやSシリーズには多彩なカラーバリエーションもあった。キットになるレンズにも外装の色を変えてあった。いまでも私には白いV1ボディと白いレンズの組み合わせがかっこよく見える。
筆者は2013年8月に、Vシリーズ初号機Nikon 1 V1の「薄型レンズキット」(1 NIKKOR 10mm f/2.8:27mm相当)が在庫処分のためか大きく値下げ販売されていたのを見て手に入れた。そのあと、純正グリップと1 NIKKOR 18.5mm f/1.8(50mm相当)も手に入れて、この1 NIKKOR 18.5mm f/1.8をほぼつけっぱなしにして使用していた。このレンズはAF-S DX NIKKOR 35mm f/1.8Gの光学系を流用しているというふうに聞いた。
Nikon 1 J5+1 NIKKOR 18.5mm f/1.8 2016年9月 |
■マイクロフォーサーズと同程度のサイズ感
筆者がV1を買ったのは「ミラーレスカメラというものを試したい」と思っていたところに、当時使っていたD7000とバッテリーとRAW現像ソフトが共用できるカメラがニコンから出て、それが大きく値下がりしたから。そして位相差AFと電子ビューファインダーがあるからだ。
しばらくはD7000といっしょに使い、サブカメラとしてスナップショット用に用いた。そして「静止画のついで動画撮影」にも使うようになった。メインは静止画なので定点に固定する動画撮影だが、APS-Cサイズでも筆者には被写界深度が浅かった。ステレオマイクをD7000と共有できることもよかった。
そのころを時代背景を思い出してみよう。マイクロフォーサーズの規格が2008年に始まり、2010年にはソニーがAPS-CサイズのNEX-3とNEX-5を発売し、2012年にはキヤノンもEOS-Mを発売するなど、2010年前後というのは「レンズ交換式小型ミラーレスカメラ」競争が始まった時代だった。
スマートフォンは一般化し始め、コンパクトデジタルカメラが徐々に市場を縮小し始めているものの、35mmフルサイズセンサーはまだ価格が高い。かつ「一眼レフが大きくて重い」という声が上がりつつあった。そこで、小型軽量なレンズ交換式カメラシステムという新ジャンルの製品を市場に投入して各社は生き延びようとしていたわけだ。2013年にはソニーEマウントをそのまま35mmフルサイズカメラに使用したソニーα7シリーズが登場するのだから、35mmフルサイズミラーレスカメラに至るまでの技術的な試行錯誤を行っていた時代ともいえる。
Nikon 1シリーズのうちEVFがあるV1などのフラットタイプのボディは、センサーサイズ的に近いマイクロフォーサーズシリーズカメラとはボディサイズが似ていた。たしか、マイクロフォーサーズのパナソニックLUMIX GM1と比べると近似(GM1のほうが少し小さい)はず。
Nikon 1 J5+1 NIKKOR 10.5mm f/2.8 2016年9月 |
■高速連写とAFに特徴があった
ニコンのコンパクトデジタルカメラは、定評のある一眼レフとは操作性などが揃っていないという感想を当時持っていた。それは、どうやら開発と製造は旧三洋電機(現ザクティ)に委託していたらしいから……ということかもしれない。それでも、一眼レフの延長で使えるニコンのカメラがあればいいのにと思うユーザーは少なくなかったはずだ。
ニコンのコンパクトデジタルカメラは、定評のある一眼レフとは操作性などが揃っていないという感想を当時持っていた。それは、どうやら開発と製造は旧三洋電機(現ザクティ)に委託していたらしいから……ということかもしれない。それでも、一眼レフの延長で使えるニコンのカメラがあればいいのにと思うユーザーは少なくなかったはずだ。
そういうところに登場したNikon 1は「新しい映像表現を提案する新デジタルカメラシステム」と当時のプレスリリースに書かれ、誇らしげに登場した。
Nikon 1シリーズの最大の特徴は「撮像面位相差AF」。「スーパーハイスピードAF CMOSセンサー」によって撮像面位相差AFができるために、動体撮影に強いこと。さらに、低輝度に強いコントラストAFの2つを備えた「アドバンストハイブリッドAFシステム」を持っていたこと。
センサーサイズが小さいためにファイルサイズも大きくならない。だから、高速連続撮影も可能で、AF追従撮影でもメカシャッターで約5コマ/秒、電子シャッターでは約10コマ/秒の撮影ができた。V1は1,010万画素しかなかったが、J5では画素数が倍以上ある2,081万画素になり、連続撮影速度も最大で約20コマ/秒になったのはすごい。AF固定で電子シャッターを使えば60コマ/秒の撮影も。
Nikon 1 J5+1 NIKKOR 18.5mm f/1.8 2016年9月 |
さらに、ウリとしてはフルHD動画と静止画を融合した撮影機能「モーションスナップショット」と、ベストショットを簡単に撮影できる「スマートフォトセレクター」があった。前者は動画と静止画をつなぎ合わせたショートムービーが撮影できる機能。後者はレリーズ前後のカットも自動的に記録されるという機能だ。
AF性能が一眼レフなみであるところは使っていてよかった。ピント合わせに関して困らされたことがない。
だが、モーションスナップショットとスマートフォトセレクターはどれだけのひとが使っていたのか、いまひとつわからない。筆者はNikon 1 J5の解説本を作ったが、どちらもそのときに使っただけだ。
V1を使ってみて首を傾げたことがある。それは、オリンパスでいうところの「アートフィルター」、パナソニックでいうところの「フィルター効果」、ソニーでいうところの「ピクチャーエフェクト」、つまり特殊な絵作りができるような画像効果がいっさい入っていないこと。オリンパスPENシリーズの初号機E-P1(2009年)にはすでにアートフィルター機能があった。ところが、Nikon1の当初の機種の画像処理エンジンには、そういうことができる機能がおそらくは含まれていなかったわけだ。Nikon 1シリーズに「クリエイティブモード」が搭載されるのは、2013年のJ3およびS1から。Vシリーズは2014年4月のV3になってからだ。
Nikon 1 J5+1 NIKKOR VR 70-300mm f/4.5-5.6 2016年9月 |
■なくなってしまったのは残念
当時のニコンはいろいろなスマートデバイスを出そうとしていた時期でもある。ディスプレー、ヘッドホン、モバイルAVプレーヤー、Wi-Fi通信機能などの機能を一体化したヘッドホン型映像再生装置メディア ポート「UP(ユー・ピー)」(2008年10月)。プロジェクターを内蔵した「COOLPIX S1000pj」(2009年9月)、Android OS搭載の「COOLPIX S800c」(2012年9月)、アクションカメラ「KeyMission」(2016年10月)などというものもあった。
Nikon 1シリーズもおそらくは、「奇譚のないご意見を多数ちょうだい」するうるさ型のユーザーが多い一眼レフではできないいろいろなことを試行錯誤する製品だったのだと思う。それでも、いま思うと当初の想定が外れたうちのひとつは、動画との融合機能はあまり評価されなかったのではないかということ。クリエイティブモードが最初の機種では存在しなかったところも、生真面目すぎた。
ここ数年のニコンのカメラを見ると、「最高のカメラ」を作るべく持てる技術を全力投入したようなD850やD6、Z 9、Z 8の評価は高い。いっぽうで過去のカメラの外装を彷彿させるZ fおよびZ fcは、いままでニコンを手にしなかった層に売れているようだ。こういうものはニコンにしか作れない製品だし、それこそが求められている製品なのだとユーザーを「わからせ」ているように見える。ここに至るまでの試行錯誤をしていたというのかな。
Nikon 1 V1+1 NIKKOR 10.5mm f/2.8 2013年8月 |
Nikon 1シリーズが私にとってもっとも残念でならなかった点は、アダプターなしで使えるマクロレンズがついに登場しなかったことと、ストロボが一眼レフ用と共用できなかったこと。センサーサイズが小さいならば被写界深度が深いために近接撮影でも大きな絞り値にせずに済み、ピント合わせのシビアさも軽減する。げんに、筆者はいまでもマイクロフォーサーズでブツ撮りが可能な場合は極力そうするほどだ。近接撮影にはセンサーサイズの小さいカメラのほうがなにかと便利だ。絞らずに済むからストロボの光量も小さくて済む。
レンズ展開が限られていたところもまた、ユーザーをためらわせたのかもしれないと思う。単焦点レンズは3本のみ。「1 NIKKOR VR 70-300mm f/4.5-5.6」(189-810mm相当)などは注文が殺到して生産が追いつかなかったし、ナノクリスタルコートの「1 NIKKOR 32mm f/1.2」(86mm相当)という、非常に優れたレンズもあった。
それなのに「1MICRO-NIKKOR」レンズが登場しないのは、Nikon 1は様子見ということなのかと筆者は疑っていた。アダプターを介せばAF-Sレンズ(GタイプAFニッコールレンズ)をAFで使うことはできたが、デザイン的にボディとまったく似合うように私には思えなかったので、アダプターは買わなかった。Nikon 1で使いたいAF-Sレンズを持っていなかったということもある。
この話には後日談がある。筆者がZシリーズにたいして「マジでニコンがこれを進めていく気なんだ」と思わされたのは、MCという名前で「NIKKOR Z MC 50mm f/2.8」と「NIKKOR Z MC 105mm f/2.8 VR S」の2本のマクロレンズがラインナップに加わったのを眼にしたから。「Zシリーズはいかがでしょう」とニコンの業務ユーザーサポート窓口で勧められて、Zを買わない理由を示しづらくなってしまった。
おそらくは、主力の一眼レフ製品と食い合いになる可能性がある「レンス交換式ミラーレスカメラ」はニコンとキヤノンにとってはどこまで力を入れてよいのか、悩ましい商品だったのだろう。そうしているあいだに、ソニーが「シェアが低く弱いふり」を装いつつ「アクセルをベタ踏み」してα7シリーズを発展させて……あわてて各社ともミラーレスカメラに本気になったというのが、いまにいたる経緯なのではないか。2024年に振り返ってみてはじめて見える気がする。
Nikon 1シリーズの画質について言えば、V1では旧アプティナイメージング製と思われるイメージセンサーと初期の画像処理エンジンのためか、あるいは14bitではなく12bit処理のためなのか、階調再現がやや浅く「色みが浅い」ように思えた。ダイナミックレンジも狭くて、輝度差の大きい被写体を撮るときにはマイナスの露出補正が欠かせなかった。輪郭強調も初期設定では私には強すぎた。カラーで撮影する際にはISO 400までしか高感度で使わないようにしていた。
だが単焦点レンズを使い、輪郭強調を和らげて、ハイライトを飛ばさない露出で撮影し、アクティブDライティングも使い、倍率色収差補正と軸上色収差補正、ゆがみ補正、高感度ノイズ除去を適応してRAW現像をじっくりすると「コンデジ画質」とはことなる、一眼レフに近いきちんとした絵に仕上がった。
画質は進化をし続け、最終機種であるNikon 1 J5はとくにV1から見るとずっと高画質になったように思えた。J5は本田翼がコマーシャルに出ていたあれね。あ、ばっさーがかわいいからNikon 1を応援していたわけではないけれど、ばっさーはいいよな。
Nikon 1 V1+1 NIKKOR 10.5mm f/2.8 2013年8月 |
残念ながらいまはもうNikon 1は使っていない。ボディサイズが近いLUMIX GX7 Mark IIを使い始めたからだ。レリーズタイムラグがV1よりは小さくてボディ内にも手ぶれ補正機構を備え、EVFもより高精細であり、レンズの種類も多く、フィルター効果も多数用意されているから、GX7 Mark IIに惚れ込んでしまった。「本気での撮影も可能でEVFもある小さいカメラ」として自分にはNikon 1シリーズよりも使いやすかった。J5は画質とデザインが好きだったけれど、EVFがないところが惜しまれた。EVFがあればいまでも使いたいくらいだもの。そういうわけで、2016年ごろにはいつのまにかV1を使うことはなくなってしまった。いまでも、自宅にはV1とレンズ2本はあるが背面モニターが故障してしまっている。
いろいろ書いたけれどNikon 1シリーズは、発展する余地はあったと思う。筆者はNikon 1シリーズが大好きだったんだ。センサーサイズが小さいカメラには存在意義がある。だから、なくなってしまったのは惜しまれる。もっとも、その成果がZシリーズとして実を結んだのかもしれない。そんなことをふと思い出してこれを書いた。
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