2020年2月20日木曜日

【カメラ機材の話】AI Nikkor 85mm F1.4Sについてあれこれ思うこと(プロローグ)


■AI Nikkor 85mm F1.4Sとは
回のエントリーで書いたAI Nikkor 85mm F1.4Sというレンズがある。登場時はAi Nikkor 85mm F1.4Sという表記をした。F3が登場してAI-Sレンズシリーズが展開し始めた1981年に発売された。ニッコールレンズのAI-Sシリーズ望遠レンズではもっとも開放F値が明るいレンズだった。別名「ポートレートレンズ」とよばれたとニコンイメージングWebサイトにある。レンズ構成は5群7枚。近距離補正方式を採用し近接撮影時にも画質低下を抑えているという。

『ニッコール千夜一夜物語』には2024年3月に更新された第89夜にこのレンズの話がある。佐藤治夫さんによれば、ゾナータイプとガウスタイプを組み合わせた変形ガウスタイプなのだそうだ。フィルター径⌀72mmと堂々とした大柄のレンズだ。2020年のいまとなっては、⌀77mmや⌀82mmのレンズもめずらしくはないものの、当時は大口径レンズであったためにAF化の際に困難があったようだ。

レンズ内モーター駆動ではなくボディ内モーター駆動を選びマウントを変更しないですんだ当時のニコンの一眼レフでは大口径中望遠レンズのAF化がむずかしかったようで、レンズの大きな前玉を動かさず、絞り付近の中間、もしくはより後ろの口径の小さなレンズを駆動させる光学系をうまく見つけ出してIF(インターナルフォーカス)が実用化されるようになり、AFレンズの85mmは1988年にAI AF Nikkor 85mm F1.8Sが発売されたものの開放F値がf1.4のレンズはAI AF Nikkor 85mm F1.4D (IF)(1995年)まで登場しなかった。なお、上の写真ではレンズフードを外しているが、付属するフードは金属製のねじ込み式HN-20だ。

■「所有して30年になる」
私はこのレンズを所有して30年ほどになる。「使い続けて30年になる」といえればカッコいいのだが、残念ながらそうはいえない。というのは、以前も書いたことがあるように自分の腕ではうまく使いこなすことができないで、しばらく放置する期間もあったからだ。手放さないでいたのは、自分で買ったはじめてのニッコールレンズだからという記念品としての意味もあるけれど、むしろ「そのうちきっちり使ってやるから」というつもりがあった。私はしつこいのだ。

最近になってようやく85mmの画角がなんとか使えるようになったので、「そのうちきっちり使ってやるから」と思って所有し続けたこのレンズを意図的に持ち出している。デジタルカメラで使うとどんな写りになるのだろうか、という特徴をつかんでおきたい。そこで、このレンズをあれこれ試す記事をこれから数回にわけて書く。今回はそのプロローグだ。

■フィルムで撮っていたころ

F-301/フジクローム50/1988年3月/秩父鉄道黒谷〜武州原谷(貨)

F-301/フジクローム50/1988年3月/秩父鉄道波久礼〜樋口

F-301/トライX/1988年4月/秩父鉄道長瀞〜上長瀞

高校生になるころはこのレンズで列車を撮っていた。F-301といっしょに買ってもらったのはシグマの35-70mm F2.8-4と75-210mm F3.5-4.5だ。いまでいうところの「ダブルズームキット」という組み合わせだ。それまで、52mmのコニカの一眼レフをお下がりで使っていたから、最初のうちはあらゆる焦点距離を網羅できるようになったダブルズームキットにはいつもおどろかされていた。これで列車の走行シーンも写せるようになったぞと思っていた。

ところが、しばらくしてみるとズームレンズの描写に疑問を感じるようになった。そのころ、いっしょに撮影に出かける友人は父親から借りたNikon Photomic FTNと非AIのニッコールレンズを使っていた。彼に見せられた写真と見比べると自分のズームレンズの写真はいまひとつ解像感がなく、色にじみもある。むしろ、以前使っていたコニカの標準レンズで撮った写真のほうが解像感もある。

このことは高校生になって暗室作業を教わって、自分で六切や四切にプリントをするようになってからさらに実感した。きちんと現像したフィルムを引き伸ばし機にかけて、フォーカス用のルーペでのぞいていても、単焦点レンズで撮ったネガはピント合わせがしやすいのだ。残念ながら、当時の普及価格帯のズームレンズはどうやら解像感はいまひとつだという悲しいことを知ってしまった。いまでこそシグマといえば高解像の高性能レンズを揃えているメーカーとして名高いが、当時のズームレンズはシグマだけに限らず黎明期で、いまのデジタルカメラ用のレンズに比べて光学性能的に発展途上だったようだ。

後年、カメラ誌編集部に勤務するようになって、当時のズームレンズのうち普及価格帯のものはユーザが大きくプリントして使うことを、どうやら想定していなかったらしい、ということをうわさ話として聞いたことがある。

そこで単焦点レンズのよさに気づいた私は、単焦点レンズを揃えようと決めた。そうして手に入れたのうちの1本がAI Nikkor 85mm F1.4Sだった。じつはそのころ、AI Nikkor 85mm F2Sというレンズがあった。標準レンズのAI Nikkor 50mm f/1.4S(当時の表記ではAi Nikkor 50mm F1.4S)を少し長くしたようなフィルター径⌀52mmのレンズで、さいしょはそれを手に入れようと思っていた。ところが、AI AF Nikkor 85mm F1.8Sが発売されたからなのか、意外と早く製造中止になってしまいそのころには入手できなかった。なお、このF2.0のレンズはグラビアカメラマンの鯨井康雄さんが愛用し、のちに「このレンズで家を建てるほど稼いだ」と、おそらくは『カメラマン』誌で書いていたはずだ。

さて、そうして手に入れたこのAI Nikkor 85mm F1.4Sは、いま思えば、当時のより稚拙だった私の腕前ではやはり使いこなしがむずかしいレンズだった。被写界深度が浅いので、絞りを開いての撮影ではピント合わせの位置をきちんと計算しないとピンぼけ写真を量産するからだ。これは、85mmという画角とF1.4という開放F値の組み合わせと私の習熟度にも起因すると思う。

さらに、収差の補正バランスにもよるのではないか。当時の『アサヒカメラ』ニューフェース診断室によれば、このレンズはぼけを美しくするために球面収差の補正方式を完全補正型にしたそうだ。つまり解像感の高さをねらったレンズではないということ。そのころも実感としてF5.6まで絞ればびしっと写るものの、きわだって解像感が高いというふうには思わなかった。それでも持っていたズームレンズよりはずっと端正に写るので、列車を撮るのに使った。また、色気づいて鉄道を撮るのをやめてからは、このレンズでガールフレンドやクラスメイトを撮っていた。

逆光で人物を撮るとややフレアっぽいけれど、きれいに写るなあと思っていた。ところが、大学生のころになると今度は85mmという画角がどうもきゅうくつに思えてきてしまい、35mmや50mmを多用するようになった。順番が逆だ。ふつうは50mmではぼけがもの足りなくなって85mmを使うのではないかな。

正直にいうと、大学生のころにはだいぶ図々しくなって、被写体にぐっと近づいて撮るようになり、85mmでは焦点距離が長く感じられるようになったのだ。85mmで撮る人物写真はちょっと被写体から距離を離して、きちっとポーズをしてもらうようなどちらかというとフォーマルな撮影に向いている気がする。大学生にもなると異性にもっと近づくことができるようになった。それに、そのころは広角レンズで人物を撮るのが流行していた時期でもある。スナップっぽくカジュアルな写真にしたいと思うと、85mmは私には焦点距離が長く思えた。当時の私の腕では85mmではおとなしい写真にしてしまうのだ。そういう理由でせっかくの「ポートレートレンズ」で人物を撮ることもしなくなり、使うことがなくなっていった。

■デジタルカメラで撮っていたころ

D2X/2013年5月/秩父鉄道広瀬川原(貨)〜大麻生

D7000/2014年2月/秩父鉄道影森〜浦山口

F2 Photomic AS/ベルビア100/2014年3月/秩父鉄道秩父

さて、デジタル一眼レフの価格がなんとか自分にも手が届くようになってから、何度かこのレンズをデジタル一眼レフでも撮影している。せっかく持っているのだからという思いもあり、なおさらどう写るのか興味があったからだ。ただ、どうしても満足できなかったのは、APS-Cサイズフォーマットのカメラでは焦点距離が127mm相当となること。おおざっぱに見れば135mmくらいだ。この焦点距離をうまく使うことができなかった。

いろいろと他責的で文句が多いように思わせたら申し訳ない。いま思えば、やはりまだまだ私の腕前が稚拙だったということの証拠だ。

ところが、あるときお借りした35mmフルサイズ機のD4でこのレンズを使ってみておどろかされた。夜の秩父鉄道影森駅でのことだ。光学ファインダーでは暗くていまひとつピント合わせができず、手すりの上にカメラを置いてライブビューで拡大しながらピント合わせをして撮ってみたら、思わず飛び上がった。F2.8まで絞って見ると思っていたよりもずっと端正な描写だったからだ。

このことがまたD4と同じイメージセンサーと画像処理エンジンを積んだDfを手に入れたいと思わせる伏線にもなる。

そのときに思ったのは、「もしかして、このレンズはむかしから思っていた『いまひとつびしっとこないレンズ』なわけではなく、私が正確にピント合わせができていないだけなのではないか」ということ。絞って写していたときも、被写界深度にうまく収めることができていてもわずかにピントを外していて、それで「そう解像感が高くない」と感じていただけなのではないか。

しかも、ニコンDXフォーマットのカメラでは約1.5倍の焦点距離になる。つまり、ピンぼけ画像を約1.5倍に拡大していたのではないか。逆光でフレアが出ることは思っていたとおりだし、デジタルゴーストも当時のコーティングと反射防止対策では想定されていなかったものだから、これはやむをえない。私の持っている80年代に製造された個体よりも、最終出荷版はもしかしたらよくなっているかもしれない。それにしても拡散光で写した写真を見ると、デジタルカメラでも最新レンズに比べたらおだやかな写りではあっても、なかなかいけるのではないか。

そこで自分が35mmフルサイズ機を手に入れるまで、所有し続けることにした。85mmという焦点距離で使ってみたかったからだ。長かったプロローグはここでひとまずおしまいだ。次回からは最近撮った画像をお見せしつつ、いまになって気づいたことをお話していこう。

D4/2012年10月/秩父鉄道影森

D4/2012年10月/秩父鉄道影森

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【撮影データ】
Nikon F-301, F2 Photomic A, D2X, D7000, D4/AI Nikkor 85mm F1.4S/フジクローム50, フジクロームベルビア100F, トライX(いずれもNikon SUPER COOLSCAN 4000 EDにてスキャン), RAW/Adobe Photoshop 2020