2017年6月17日土曜日

【1980年代国鉄101系電車:リバイバル記事】「シーサイドライナーヨコスカ」のこと

【おことわり】
本記事は旧ブログにて2013年2月9日付けで公開していた記事を加筆訂正したものです。


もともと武蔵野線を走っていた101系1000番台車なので、方向幕が武蔵野線の「府中本町-南越谷」なのがご愛嬌。この「府中」と「越谷」だけが大きい「府中本町 - 南越谷」という行先表示も懐かしい

国鉄分割民営化が行われる頃からJR移行の直後のころ、各地の国鉄工場や車両基地ではさかんに一般公開が行われていた。多くは、施設や古い車両を見せてくれるものだったけど、なかには「これから行う予定の新サービス」を先行公開するものもあった。1986年8月の国鉄大船工場(当時)の一般公開でよく覚えているのは、101系電車が斬新な色に塗られて「シーサイドライナーヨコスカ」のヘッドマークをつけていたことだ。このころはすでに国鉄路線上にステンレス車体の通勤電車が登場し始めていたとはいえ、鋼製の電車はほとんどはまだ「地域色」(支社色)にはなっておらず、国鉄時代のままの単一塗装、もしくは塗り分け塗装だったから、101系電車に施されたこのラインカラーはとても奇妙なものに思えた。

この日撮りたかったのはクモハ12013だったので、カラーネガフィルムを使っていた中学生の私は
この101系2連をクモハ100側しか撮っていないようだ

時間の経過や慣れというのはおもしろいもので、さまざまな塗装の鉄道車両を見てきたいま見ると、この塗装はそう奇抜には見えない。むしろ、大変オーソドックスなものに思える。のちに施された南武支線のワンマン運転対応の101系電車などに比べても、よほどすっきりした色合いに思えるのは気のせいか。これで窓周りが黒くと塗装されていたら、少しだけ秩父鉄道オリジナルカラーが施された秩鉄1000系電車を彷彿させる。

秩父鉄道オリジナルカラーとは印象が似ている。正面の窓周りの黒い塗装がなかったらもっと似て見えただろう
南武支線用に改造された101系電車にも似ているかなあ

何度も乗ったのに、まともな写真がない
この電車の印象はどうしてもラインカラーやツートンカラーではなく単色なのかも

オレンジバーミリオンやカナリアイエローの印象が強いし、似合うんだ

さて、この横須賀線末端の2連の電車はそのうち走るのかと思ったら計画だけで終わってしまい、こののちこの2連は大船工場の入換え車となったのだそうだ。冷房改造もされず、もし投入されていてもあまり乗りたいものでもなかった気がする。鉄道ファン(というよりもヲタ的な)視点で見ると、非冷房の101系電車の2両編成はすっきりしていて均整が取れていてカッコいいけれど、乗客の視点で見ると、ね。

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