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2026年9月23日水曜日

【東武野田線】夕闇迫る古利根川河畔にて東武8000系8111編成を撮る


■秩鉄鉱石貨物列車は運休中

秋雨前線と台風のために、9月に入ってから連日雨が降り続いている。日照時間もとても少ない。報道によれば、関東甲信越地方の降水量には平年の3倍以上、日照時間は平年の3割程度のところもあるそうだ。9月とはこういう天気の月だったっけ……? 

筆者は9月に入ってからは秩父鉄道沿線とはごぶさたしている。上旬の土曜日に秩父鉄道クハニ24号車と思われる車体を利用した上熊谷のバー『BURBON CLUB』に行くために、熊谷〜上熊谷に乗っただけだ。いまの筆者が沿線を訪問できるのは週末だけだが、天気が悪かったり用事があったりして、訪問できない日々が続いていた。

そうしているあいだに、秩父鉄道の鉱石(石灰石)の搬入先である太平洋セメント熊谷工場の休転期間が始まった。

2026年2月2日月曜日

【東武野田線】オレンジ&ベージュの8111編成を撮りに行く「あきらめの悪い男」の話

8111編成のヘッドマークなし姿をようやく写せた

■このブログはしれっと続くのです
2025年1月末にエントリーを書いて以来、ずっと更新がなかった弊ブログ。今年は少しずつしれっと更新していこうと思う。

基本的に体調が万全とは言い切れず、そこへ新しく仕事を始めたり、地域のボランティアのリーダー職を引き受けたところ「完全に1日丸ごと自由になる土日」がほとんどなくなった。「自分の好きな写真」にじっくり向き合う時間がなくなってしまった。

それ以外にも、いろいろあった。でも、それらを細かく書いてもおもしろくはない。

2024年6月10日月曜日

【東武野田線PETIT撮影記事】オレンジ&ベージュの8111編成と方向幕残置の8159編成に出会ったのだ

 

■大宮を通るときにふと思い出した
交通の要衝である大宮駅を通過する機会が私には非常に多い。昔からお世話になっている主治医の勤務先が高崎線沿線にあるから、あるいは私が埼玉県南部在住でJR高崎線や北陸新幹線、上越新幹線、および東北新幹線を利用するのに大宮が便利であるから。もしくは、都心よりもやや近い繁華街であるからといった、いろいろな理由がある。

2023年12月11日月曜日

【東武野田線PETIT訪問記】『哀愁の町にリバイバルカラー電車が走るのだ』2023初冬編


■東武野田線に乗ったのだ
用務でめずらしく東武野田線沿線にでかけた。TOBU URBAN PARK Lineか。でも、長いから野田線と書くからね。

野田線に乗るのは10年くらいぶりだ。10年ほど前に沿線在住の友人宅を訪ねたときに乗った。それ以前には記事にした8000系8111編成を撮影したとき。そしてどちらのときもたまたま、大宮から七里までしか乗っていない。椎名誠の小説のタイトルのパロディで「哀愁の町」などと書いた(椎名誠の小説の舞台は小岩だが)、沿線のいかにも国道16号線沿いの郊外の町並みは気に入っている。そして大宮は毎月何度か通るので列車の姿は目にしている。

2012年9月3日月曜日

【東武野田線&8111編成撮影記事】哀愁の町にリバイバルカラー電車が走るのだ


■「私鉄の103系」のこと
東京在住の鉄道少年だった私。途中の中断期間はあっても、鉄道への興味は完全には失われていなかったはずなのに、首都圏でさえ残念ながら未訪問の路線が多い。東武野田線もそのひとつ。いや、幼稚園のころに大宮~大宮公園の2駅は乗ったことがあり、おぼろげにはおぼえているのだが。

そんな野田線はここ最近気になる路線ではあった。かつて「私鉄の103系」と呼ばれて私鉄最多の製造数を誇り、東武鉄道のどこへ行っても当たり前のように走っていて、そのくせ愛想のない顔つきのいわゆる「東武顔」で、あまりおもしろみもなかったはずの8000系電車がどんどん数を減らしているのは、このブログへ来てくださる鉄仲間のみなさんには、いまさら語る必要もないことだろう。でも、この8000系電車だけが走っている最後の牙城である野田線に、今年度中に新型車両が導入されると報じられているから、やっぱり気にはなっていた。