2011年12月10日土曜日

【富士急行1980年代】1988年2月、富士急の雪の日。JR中央東線115系山スカ


■115系電車が最後の国鉄近郊型になるか
113系電車の牙城だった房総半島がいまや走るんです209系電車に席巻されたいま、抑速ブレーキがついた113系の勾配路線対応型ともいえる115系電車は東日本では最後まで残る国鉄型車両になりそうな勢いだ。

2011年12月9日金曜日

【富士急行1980年代】1988年2月、富士急の雪の日。元小田急2220形と2300形


■小田急ABFM車天国だった富士急
富士急を訪れた日のこと。もっぱらもの珍しさからカメラを向けたのは元小田急2200形だった編成だ。でもこの日の昼間はほかにも二つの小田急顔が走っていた。元2220形と元2300形だ。よく見ると側面のドア間の窓の数が違い、2200形同様に3つあるものが2220形で、4つあるものが2300形なのだと思う。2400形以前の小田急は小田急時代に見ていないのでうろ覚えかも、すみません。

2011年12月8日木曜日

【富士急1980年代】1988年2月、富士急の雪の日。元小田急2200形


■雪の日に富士急を撮りに出かけた思い出
懐かしい写真をお目にかけたい。1988年(昭和63年)2月に訪れた富士急行の写真だ。

たしか前日夜に雪が降り、雪景色を求めてどこかに鉄道を撮りに行こうと考えて、行ったことのない富士急を目指したのだと記憶する。当時の私は秩父鉄道300系電車が好きだったので、同型車3100形のいる富士急は大変気になる存在だった。そして、3100形事故代替車として登場し、今はトーマスラッピングが施されてしまった5000形も、日本車輛が国鉄近郊型電車のパーツを組み合わせて作り出した地方私鉄ロマンスカーといった趣があって好きだった。

2011年8月31日水曜日

【2011年8月】「ホームライナー鴻巣」3号、485系電車を撮る


■2011年8月、鴻巣にて
あんなに暑かった夏ももう終わろうとしているとはっきり感じさせさせるのは、日没後に外に出たとき。肌をなでる風はすっかり涼しく、あたりでは秋の虫が鳴き始め、オシロイバナの香りがしたから。そんな秋の気配を感じさせる夜道を高崎線鴻巣駅に向かった。というのは、19時半頃にやってくる列車を見たいから。そうして駅に着いて列車を待っているあいだにも、秋の虫たちがさらにコーラスに精を出し始めるのに耳をすます。乗客の表情も、このあいだまで見られた暑さにうんざりした感じのそれではない。心なしか落ち着いているように思える。

虫の声ばかり聞こえる夏の終わりの夕べの駅に懐かしい電車がやって来た。新潟車両センター(新ニイ)所属の485系電車K1編成。国鉄特急色をまとう特急マークも誇らしげな電車だ。列車名は「ホームライナー鴻巣」3号。今日も19時30分の定時に到着した。

2011年5月16日月曜日

【2011年5月流鉄流山線撮影記事】若葉の季節にさようなら。流鉄3000形「若葉」こと最後の元西武101系低運転台編成 その2



■『若葉』午後の部

午前中になん往復か鰭ヶ崎や小金城趾付近で撮っていたけど、集中力も切れ空腹になったので、若葉に「惜別」札が下がったところでひと休みすることにした。考えたら、新松戸まで武蔵野線に乗ってきて目の前の幸谷から歩いたので、まだ流山線の電車に乗っていない。そこでせっかくだからと、鰭ヶ崎から電車で幸谷まで戻ることにした。

2011年5月15日日曜日

【2011年5月流鉄流山線撮影記事】若葉の季節にさようなら。流鉄3000形「若葉」こと最後の元西武101系低運転台編成 その1



■予期されていたようについに3連が運用離脱
流鉄流山線は2009年より西武新101系電車2連を「5000形電車」として導入し、2010年に運用し始めた。TX(首都圏新都市鉄道 つくばエクスプレス)開業による乗客移行にともなう乗降者数の減少により、3両編成では輸送力過剰になったために、すべての列車をワンマン運転で2連化するということが表明されていた。だから、2010年夏の3000形「流星」の引退の時点ですでに「若葉」号編成の引退はわかっていた。

2011年4月11日月曜日

【東武東上線記事】東上線が新鮮だ(その3)

和光市駅手前のアップダウンは魅力的だ

■東武東上線の営団地下鉄有楽町線直通運転開始は「世紀のビッグイベント」だった
東武東上線と営団地下鉄(当時)有楽町線の相互乗り入れ開始は、少年時代の私にはビッグイベントだった。

なにしろあの、セイジクリームや青い線の新塗装の8000系電車だらけで有料特急列車のない、純然たる通勤路線にして車種の変化という「趣味的なおもしろさ」の少なく感じられる(失礼)東武東上線だと思っていたのだ。9000系電車は試作1編成のみで、10000系電車が増えつつあったころだ。「73・78系がいないと同じ電車ばかりだなあ」と思っていたところに、営団7000系電車が走るようになるのだ。

2011年4月9日土曜日

【東武東上線記事】東武東上線が新鮮だ(その2)

1986年4月、秩父鉄道上長瀞

■東武東上線は「近くて遠いお隣さん」
私にとって東武東上線が「近くて遠いお隣」という存在になったのは鉄道に興味を持ちはじめた小学生のころからだ。西武池袋線沿線に住んでいて、自転車でちょっと行けば東上線に出ることはできた。大山のGREENMAXまで動力ユニットを買いに行ったからね。

ふだんから池袋で山手線の隣のホームの東武電車をよく見ていたし、家族で秩父へ観光で出かけると秩父鉄道線内で停泊中の8000系電車をよく見ていた。そう、池袋発の直通特急『みつみね』号と『ながとろ』号だ。『みつみね』号は三峰口に、『ながとろ』号は上長瀞で夕方まで昼寝をしていた。いまの西武鉄道直通4000系電車と同じように、1980年代には秩父線内で間合い運用に入ることはなかった。

2011年4月8日金曜日

【秩父鉄道1000系撮影記事】秩父鉄道の桜を見る(その2)

木製の架線柱もいまや貴重だ

■夕方の桜並木にて
秩父鉄道の上長瀞の桜並木は、荒川橋梁とならんで沿線で最も有名な撮影地だろうか。桜が満開の時期には人出のあまりの多さに、むかしから私には近寄るのが気が重くなる場所だ。SLパレオエクスプレスの運転開始の時期からもう、満開の時期には昼間この場所に来ないようにしている。だれかが場所取りしてあるのを見るのも嫌だし。

でも、SLパレオエクスプレスが通過した後の夕方の桜並木には、うそのように誰もいなかった。

2011年4月7日木曜日

【秩父鉄道1000系撮影記事】秩父鉄道の桜を見る(その1)

ソメイヨシノと菜の花を見ながら走る

■遅いことはわかっていた
メイヨシノを見るにはもう遅いのはわかっていた。でも、やはり気になってしまい行ってみた。めざすは、秩父鉄道の荒川沿いの桜堤。

2011年4月6日水曜日

【東武東上線記事】東武東上線が新鮮だ(その1)


■東武東上線が好きなのに
西武新宿線沿線住民の私にとって、東武東上線はなかなか乗れないお隣の路線だ。これは地理的な理由だ。東上線から我が家までの距離がそれなりにあり、公共交通を用いても所沢か川越にしか出られない。成増や北朝霞経由で乗るというのは東上線沿線によほどの用事があるときに限られる。先日の震災直後の間引き運転では川越発上り列車が7時台で終了したときには、東武鉄道を軽く恨めしく思った。

2011年3月12日土曜日

【東日本大震災関連記事】帰宅難民になりかけた日

【はじめに】2011年3月11日夜のことを書いた記事を加筆しアップいたします。あのときのささやかな記録を残しておくことも必要かと思うのです。そして、あらためて被災されたみなさまには心よりお見舞い申し上げます。

道路上のがれき。外壁が崩れた建物やアスファルトをあちこちで見た

3月11日の地震の日のこと。会社のある東京駅八重洲口方面から、内堀通り、新宿通り、明治通りを伝い、下落合を経て椎名町まで歩いた。早々に家族とは連絡がつき、埼玉県茶畑だらけ市の自宅で無事でいるのはわかっていたとはいえ、どこかのターミナル駅の近くまで歩いているうちに電車が復旧すればいい、と思ったからだ。

2011年3月11日金曜日

【都電荒川線通勤途上鉄記事】さよなら、都電7500形


  さて、この日曜日で都電荒川線7500形電車が運用を終える(*)。以前のエントリーで書いたけど、私が沿線に住んでいた30年以上前は7500形は丸い古い車体だったから、なんとなくまだまだ「新しい」気がしてしまう。でも、昭和37年製造というから、鉄道車両としてはもうけっこうな古さなのだ。

2011年2月20日日曜日

【秩父鉄道1000系撮影記事】さよなら、そしてありがとう。秩鉄1009編成国鉄リバイバルカラー、関西本線タイプ!


■秩父鉄道1000系電車1009編成のラストラン
2011年2月19日土曜日。天気は晴れ。今日は秩父鉄道1000系国鉄リバイバルカラー関西本線タイプ1009編成(通称「うぐいす」あるいは「ガチャピン」)の最終運行日だった。私はふだんは訪れない有名な撮影地で下り記念列車を撮った。

2011年1月29日土曜日

【京王6000系撮影記事】さよなら6000系電車えんじ帯リバイバルカラー車


■京王競馬場線運用の6000系電車を撮りに会社帰りに
♪ぴぴぴっぴぴぴっ……

駅のホームに電車の近接警告音が響き、自動音声が鳴る。
「3番線ご注意ください。各駅停車高尾山口行きが参ります……」

すると、本線の電車がやって来るタイミングに合わせて踏切の向こうのカーブをゆっくり曲がってくる電車の音がして、やってきたるは競馬場線6000系2両編成! しかも、なつかしいえんじ色帯を巻いたリバイバルカラー編成だ。

2011年1月28日金曜日

【西武鉄道妄想記】猫武鉄道某駅東西猫用自由通路のこと



■高校生諸君の会話を盗み聞くやばい筆者がここに
西武線ってなんか黄色くてかわいくなーい?
所沢ってでかいねー。
都会じゃーん。
いや、乗り換えできるから坂戸みたいなもんでしょー?
越生線こないだ乗ったけど、マジ田舎だよねー。
あ、ごめん八高線だったー。キャハハハハ!