2020年11月8日日曜日

【ニッコールレンズの話】1980年代のAI-Sニッコールレンズのこと(その1)

AI Nikkor 28mm f/2.8S(左)
AI Nikkor 50mm f/1.4S(中央)
AI Nikkor 85mm F2S(右)

■80年代のAI-Sニッコールシリーズとは
インターネットで調べ物をしていてあるとき、AI方式のニッコールレンズのうち、AI-Sニッコールレンズ(Sタイプ)の区別やちがいについてきちんと書かれているものが非常に少ないことに気づいた。

なにしろ、昭和から平成に変わるころの話だからなあ。私の検索の仕方にもよるだろうし、ネットとはそういうものかもしれないけれど……ニコン関係者の記事以外には、申し訳ないけれど信憑性がなさそうなものが多そう。そう思って以下に長文を書いた。あいかわらず長いので2回にわける。 


最大絞り値(最小絞り)の数値がオレンジ色で
露出計連動爪に明かり取りの穴があり
レンズ後部に突起があるのがAI-Sレンズ

まずAI方式とは、1977年にニコンが導入したレンズ開放F値の情報をボディ側に自動的に伝達する仕組み(Automatic Maximum Aperture Indexing)だ。

それ以前の「従来方式」(非AI方式)の露出計を持つカメラボディにレンズを装着するさいに、露出系連動爪(カニ爪)をまずF5.6にセットしておき、露出計側のガイドピンに固定してから、最大絞り値(最小絞り)のF22やF16まで絞り環を回転させ、そのあとに最小絞り値(最大絞り、開放絞り)まで絞り環を逆に回転させて、レンズの開放F値を手動でボディ側に設定する必要があった。当時のみなさんは「ガチャガチャ」と呼んだらしい。

AI方式はこの面倒な操作をなくしたものだ。レンズ側の絞り環に切り欠き(突起というべきか。非AIレンズの絞り環からみると「切り欠き」といってよさそう)を設けて「露出計連動ガイド」の役割を持たせ、レンズを装着するだけで開放F値の入力をユーザーに別途にさせず、ボディ側にある露出計連動レバーと連動して開放F値をボディに機械的接続で自動的に入力させるようにしたもの。

この方式を採用したレンズはAIニッコールレンズと呼称され、電子的にカメラボディとやり取りする接点を持つDタイプAFニッコールレンズまでこの仕組みを備えていた。

『アサヒカメラ』ニューフェース診断室でおなじみの東京大学小倉磐夫教授によれば、このAI方式の導入は東京光学が持っていた開放測光に関する特許が切れるころをうかがって導入されたのではないかという。 
 
さらに、ニコンF3が1980年に発売されて少し経ったころに、AI-Sニッコールレンズにモデルチェンジが進められた。F3の自動露出(AE)は絞り優先AEのみであり、従来のニッコールレンズにはボディ側からのレンズ絞り値の自動制御が考慮されていなかった。ところが、プログラムAEとシャッター速度優先AEを将来的にカメラに搭載するにはボディ側から絞り値の制御を行う必要がある。そこで、レンズ側の自動絞りレバーの移動量と絞り値の関係を統一させて、シャッター速度優先AEとプログラムAEを搭載したカメラで適切に使えるように対応したのがAI-Sニッコールレンズだ。 
 
年代的には1977年3月から1981年8月までに発売されていたAIニッコールレンズはSタイプではない。1981年9月以降に発売されて末尾に「S」がついたものがAI-Sニッコールレンズだ。おおざっぱにいうと、AI方式が導入されて1981年までの「初期モデル」が「AIレンズ」であり、それ以降2020年までに製造・販売されたものが「AI-Sレンズ」だ。

また、AI方式導入以降に従来レンズのAI改造サービスが行われたが、改造後のレンズはAI方式の露出計連動ガイドと明かり取りに穴の開けられた露出計連動爪(通称「カニの爪」)を備えたAI対応の専用絞り環に交換されるだけで、絞り動作の変更はなされてはいないので、改造後の区分としてはSタイプではないAIニッコールレンズ同等になる。 

AI-Sニッコールレンズと
Ai改造ニッコールレンズのちがいは丸印の部分にある

■回転角を小さくしてアタッチメントサイズを揃えた
このAI-Sニッコールレンズシリーズの特徴は、上記の自動絞り連動レバーの移動量と絞り値の関係の統一以外にもある。

ピントリングの回転角度をあまり大きくしないことと、アタッチメントサイズができるだけ⌀52mmに揃えられたこと。コーティングの改良もされているはずだ。

元箱や説明書など以外をのぞいて、レンズ本体には"S"の文字がないが、本体に目印はある。レンズの最小絞り値がオレンジ色に塗られていること、瞬間絞り込み測光を搭載したFA、FG、F-301などのために用意されたというレンズ後尾にある突起がそれだ。

Nikon FAやF-301などの瞬間絞り込み測光方式のボディでは、SタイプではないAIニッコールレンズを用いると、AE使用時に絞り値が大きい場合に露出制御上の差が出現する可能性があると、当時のカタログには詳細な注意書きがあった。 
 
いまのニコンデジタル一眼レフではこれら初期のAIニッコールレンズとSタイプレンズはともに絞り優先AEモードとマニュアル露出モードにしか対応しないので、レンズの調整不良に起因するもの以外はAIニッコールとAI-Sニッコールとのあいだで露出制御の差は生じないはずだ。さらに、絞り羽根も大口径シリーズは9枚、それ以外は7枚が基本だ。

Nikon Df/AI Nikkor 28mm f/2.8S

■マニュアルフォーカスレンズの最終進化形
Sタイプの当初の製品はAIニッコール、もしくはそれ以前からの光学系を流用していたものの、アタッチメントサイズの統一による小型化と光学系の改良による高性能化が行われていくようになり、同一焦点距離で開放F値のことなるレンズも用意されるようになった。AFニッコールレンズに開発の主軸が移ったと見られる1980年代後半までには、ラインナップのかなりの拡大が図られた。

ニッコールレンズに限らず、この時代は一眼レフのマニュアルフォーカスレンズの円熟期で、各社それぞれに優れたレンズがあった。70年代まではどちらかというと解像力の向上が目指されていたように見られるが、80年代になると色調の統一感、コントラスト、ぼけの美しさにも配慮がなされていったところも特徴だ。

とくに大口径レンズでは、球面収差の補正方式が過剰補正から完全補正に変更されているものがある。デジタルカメラ登場以前の国産マニュアルフォーカスレンズシステムが完成した時期だったといっていいと思う。 
 
Nikon Df/AI Nikkor 85mm F2S

■位相差AFとデジタルカメラの登場が技術的な二大転機だった
残念ながらこのマニュアルフォーカスレンズの円熟期はそう長くは続かなかった。1985年にミノルタα-7000が登場し、実用レベルの位相差オートフォーカス(AF)をシステムカメラとしてはじめて搭載して大きくシェアを伸ばした「αショック」が業界に大変革を促したからだ。

αショックは位相差AFを搭載した一眼レフにどう対応するかという踏み絵を結果的にカメラメーカーに迫った。この時代に位相差AF搭載の一眼レフカメラをうまく作れなかったメーカーはのちに「戦線」から撤退していることがみてとれる。

レンズの進化はまだまだ続く。90年代以降はAF用レンズがおもになり、さらに2000年代以降はデジタル一眼レフの普及とともに高解像化と防振機構の搭載が進んだ。

ただし、のちの時代のデジタル一眼レフの撮像素子からの反射防止対策や、画素数増加への高解像化対応はさまざまな光学設計の進歩をうながして高画質化を促進したものの、AF化と防振機構は操作の省力化にすぎず、高画質にはかならずしも寄与するものではない。モーターで高速にレンズ光学系を動かしてピント合わせをする、あるいは光軸を動かして振動制御するには、大きくて重量のある大口径の光学系は不向きだ。

理論的には全群および前群を動かすほうが高画質に設計できるのだそうだ。高付加価値をねらう現在のカールツァイスレンズがマニュアルフォーカスのままであるのも、各社マウントでの対応が難しいだけではなく、高画質であることをめざしているからのはずだ。 

1959年の登場当初は口径が大きいとされたFマウントのままAF化し、さらには2000年代にはデジタル一眼レフにも対応したものの、ニッコールレンズにおいてはAF化と大口径化がGタイプになるまではなかなか進まなかったのは、従来レンズなみ、もしくはそれ以上の高性能な製品にしてAF化することが困難だったからだろう。レンズ光学系の後群の大型化ではなく、前群を拡大してアタッチメントサイズの統一をあきらめていき、さらには絞り環を残せという「忌憚なきご意見」を最終的にはGタイプレンズで無視せざるを得なかったように見える。光学設計者はFマウントを維持したままでの高性能化に苦労したはずだ。 たいへんだったみたいよ、ほんとうに。

AI Nikkor 50mm f/1.4Sの原設計は1976年。
AI AF Nikkor 50mm f/1.4Dまでその光学系が継承された

■2020年まで残ったことは評価すべき
AFの精度が向上して人気商品がAFズームレンズになり、硝材の改良、ガラスモールドだけではなく、CDプレーヤーやレンズつきフィルム用レンズなどに使われたプラスチックモールド非球面レンズの量産化と低価格化、超音波モーターの量産化などの技術革新によってFマウントでも大口径レンズのAF化が可能になるにつれて、AI-Sニッコールレンズは姿を消していった。

光学系がAFレンズと共通である製品や、マイクロニッコールレンズなどの工業用途などでも使用される一部の製品は、RoHS指令による鉛の使用禁止に伴うエコガラス化、コーティングの改良を受けながら製造され続けて、2020年に販売終了した。よく長持ちさせてくれたと思う。   

このAI-Sニッコールレンズの絞り値の連動規格はレンズ側にCPU接点のみを備えたGタイプとさらに電磁絞りのEタイプになるまで、絞り環のあるAFニッコールレンズでも踏襲された。2020年秋には絞り環のあるDタイプAFニッコールもカタログから消えたので、今年はAI方式レンズが終了した年でもある。Dタイプニッコールレンズはもう少し残ってほしかったけれど、そんな体力ももうないみたいね。

(次回へ続く)

※【2020年11月22日追記】表記上では"AI方式"と記しますが、カタログなどではアイコンで"Ai"と表記されているために、1980年代当時の雑誌媒体などでは"Ai方式"と書かれていました。過去の筆者自身にも表記のゆらぎがありますが、今後の記事ではアイコンではなくニコン発行の印刷物に従って"AI"と表記することにします。

また、開放F値に関してはニコンで表記の改定が行われて、2020年秋の段階まで販売されていたものは"AI Nikkor **mm f/*S"と表記されていますが、その改定以前に販売が終了したものは"AI Nikkor **mm F*S"と表記されています。文中でF値に関する表記が統一されていないのは「最終販売時の表記」に従ったためです。 


【参考文献】
■インプレス『デジカメWatch』「レンズマウント物語(第3話):ニコンのこだわり」(豊田堅二さん)
■ニコンイメージングジャパンWebサイト「ニッコール千夜一夜物語:第五十七夜 AI Nikkor 28mm f/2.8S」(大下孝一さん)
■同上「ニッコール千夜一夜物語:第六十夜 AI Nikkor 50mm F1.8S」(大下孝一さん)
■朝日新聞出版『アサヒカメラ ニューフェース診断室ニコンの黄金時代2』より「ニコンFマウント物語」(小倉磐夫さん)