2020年11月9日月曜日

【ニッコールレンズの話】1980年代のAI-Sニッコールレンズのこと(その2)

1984年12月版のレンズカタログ
カメラの製品写真ではストラップと三角環を外して
レンズのヘリコイドは無限遠にして
絞り値はF5.6にセットする「作法」がある。
いまでもこのカタログでそれを参照しているよ

■フィルム時代のレンズには「松竹梅」があった
筆者の手元にある1984年のニッコールレンズのカタログには、28mm、35mm、50mm、135mmにはそれぞれ3種類が用意されていたとある。これはニッコールだけではなく、大手各社もそうだった。レンズメーカー製品に対抗するために純正製品でも普及価格帯の製品を用意したかったのだろう。いまのデジタル一眼レフ用レンズでは多くても2種類だろうか。



具体的には、28mm、35mm、そして135mmくらいまでの単焦点レンズには、大口径のF2、中口径のF2.8、そして普及版のF3.5があった。50mmレンズであれば、F1.2、F1.4そしてF1.7またはF1.8というふうになる。50mmの普及版はメーカーによってはF2のものもあった。

最盛期のAI-Sニッコールレンズでいえば、28mmにはF2S、F2.8S、F3.5S、35mmにはF1.4S、F2S、F2.8S、50mmにはF1.2S、F1.4S、F1.8S、135mmにはF2S、F2.8S、F3.5Sが存在した。 1980年代にはズームレンズの倍率はまだ2倍から多くて3倍程度であり、レンズメーカー製品以外では価格も安くはなかった。


上記以外のAI-Sニッコールレンズでも、前述のようにできるだけアタッチメントサイズが⌀52mmに揃えられていて、105mmや135mmでは全長が長くなるものの、AIニッコール50mm f/1.4S(当時の表記ではAIニッコール50mm F1.4S)と大きさがとてもよく似ていた。むしろ使い勝手を意図的に似せていたはずだ。これがいまとなってみるとおもしろく思えたのが、本稿の執筆動機だ。

■レンズEシリーズというものもあった
なおAI-Sニッコールレンズ内にはそれ以外にも、EM用に「レンズシリーズE」というものもあった。現在の電磁絞りを採用したAF-Eシリーズとはことなるので要注意。エンジニアリングプラスチックを多用し構成を簡略化してシングルコート化した普及版で、非AI方式のカメラで露出計への連動を行う露出計連動爪(通称「カニの爪」)がなく、交換用絞り環も用意されていないので露出計連動爪はつけることはできない。

E28mm F2.8、E35mm F2.5、E50mm F1.8、E100mm F2.8、E135mm F2.8、E75〜150mm F3.5、E36〜72mm F3.5、E70〜210mm F4が存在した。これらはのちのAFレンズでのエンジニアリングプラスチック本格的に用いるまえの試作的な要素もあったはずだ。

ただし、一部は輸出専用だったこともあり、これらEシリーズレンズについては、筆者は実物をほとんど目にしたことさえなく、自分の手で触れたことがないのでこれ以上はコメントできない。ニコンイメージングジャパンWebサイト内コンテンツ『ニッコール千夜一夜物語:第五十七夜 AI Nikkor 28mm f/2.8S』(大下孝一さん)によると、コストダウンを図ったEシリーズのできがよかったために、50mm F1.8Sや28mm f/2.8SのようにAI-Sシリーズにもその成果が応用されていったものもあるというのは興味深い。


■Dfと組み合わせてそのよさを味わっている

AI-Sニッコールレンズの話に戻れば、少年の筆者はこうした事情を知らないでいたので、カタログを見てはEシリーズならば買えそうだとため息をついていた。学校や寝床にまでカタログを持ち込んで印もつけたので、ご覧のように保存状態がよろしくなくてすみません。ところが、Eシリーズをふくむ普及版のシリーズはAF化の進行により、国内販売は比較的早期に終了したらしく、筆者が高校生になってアルバイトなどでようやくレンズを買い集めることができるようになったころには、新品では入手できなくなっていた。

そこで当時考えたのが、Eシリーズがだめなら28mm f/2.8S、50mm F1.8S、85mm F2Sを揃えたいということ。50mm F1.8Sをのぞいて「真ん中のクラスがいい」というまるで「日本的」な選び方に思えるかもしれないが、けっして「無難そうだ」という理由で考えたのではなく、私なりのきちんと理由がある。

まずは、いずれも大きさも手ごろで価格的にも手が届く範囲だったからだ。

個々の話をすれば、まず28mm f/2.8Sは最短撮影距離20cmというところがよい。さらに、歪曲収差の補正がなされていて、一眼レフ用レトロフォーカスレンズながら画面に直線を入れても違和感がない。

50mm F1.8Sは、のちの言い方をするところの「パンケーキレンズ」ほどではなくても薄型であることと、アクセサリーカタログでも近接撮影をしても倍率の変化による諸収差の発生が少ないから常備しておくことをすすめるという一文があったこともひかれた。

そして85mm F2Sも標準レンズ程度(35mm F2Sあたり同等の長さ)の大きさであるところに興味があった。鯨井康雄さんが愛用されたとのちに知り、自分の「カタログから判断するレンズ鑑識眼」に自信を持った。

ところが、80年代後半から90年代には、店頭で新品のマニュアルフォーカスレンズが品薄になることがあった。そういう事情や、とちゅうで「色気づいて」大口径レンズに興味を持ったこともあり、筆者がこれらφ52のシリーズの「松竹梅」の「竹」にあたる各種レンズをじっさいに揃えたのは90年代なかばから2000年ごろだ。そうして20歳代はずっと「松」と「竹」のAI-Sニッコールレンズを使っていた。

ただそのあと、DXフォーマットのデジタル一眼レフを使い始めてAFニッコールレンズを用いるようになって、マニュアルフォーカスのAI-Sニッコールレンズを使うことを忘れていた。そのころのデジタル一眼レフではライブビュー機能もなく、フィルム一眼レフカメラと比較するとファインダー倍率も低いために、近視と乱視の進行していた筆者には当時のデジタル一眼レフではマニュアルフォーカスレンズは使いやすいとはいえなかったからだ。 

D2XやD7000に当時売られていたスプリットイメージの社外品スクリーンを使っていたのは、AFレンズがAFで使用できない場合に対応することと、これらマニュアルフォーカスレンズを使いたいからだ。そう思ってときどき持ち出すことはしていた。ただ、こんどはAPS-Cサイズフォーマットで使うことに、どういうわけかいまひとつ強い興味が持てなかった。いろいろとめんどくさいなあ、ほんとうに。

意匠が揃って似合うのはこれ

最近になって35mmフルサイズフォーマットのDfやSony α7II(Z7 IIではなくてごめんなさい)で趣味の写真を撮るときにはマニュアルフォーカスニッコールレンズを使いたくなり、使わないまま所有し続けていたいろいろなAI-Sニッコールレンズをつけ替えて試してみた。どう写るのかという興味は失わなかったからだ。すると、アタッチメントサイズがφ52の「竹」なレンズならばDfボディ、α7IIボデイとのバランスがよくなることに遅まきながら気づいて、いまはおもしろがって用いている。

Dfで使うと「頭の形はFM2っぽいけど、デジタル化してボディーがお留守だ太っちゃったFE2」と組み合わせている感じ。ライブビュー、α7IIならば電子ビューファインダーで拡大表示をすればピント合わせもしやすい。複数のレンズを持ち歩くにもコンパクトで楽だし、絞ればそこそこの解像感を持つ。

私はレンズの味というものがまるでわからないような人間だ。そのくせ、絞り開放でも画面端までびしびしと解像させたいわけではないけれど、フレアっぽくハイキーにつねに撮りたいわけではないという、口うるさくてめんどうくさい筆者にはちょうどいい。描写が「クラシックすぎない」し、悪目立ちも比較的しにくいところも重要なポイントだ。

デジタルゴーストが発生するのは仕方がない。フレアは長めのレンズフードを装着して左手でさえぎっている。そういう手間が惜しいときにはAFニッコールレンズを使えばいい。

実用一点張りな組み合わせはこれ

■「そこそこの新しさ」が80年代のレンズのおもしろさ
また、1980年代のカメラやレンズは外装にまだ金属部品が多い。金属だから頑丈とはかならずしもいえないものの、「ありがたみ」は金属外装のほうに軍配が上がる気はしないだろうか。90年代になるとエンジニアリングプラスチックを使用する例が増える。プラスチックは衝撃に強くても劣化するともろくなる欠点がある。

接着剤の劣化どころか、プラスチック製レンズが劣化してくもりの生じている製品もサードパーティ製で見たことがある……ただし、内部部品などではオイルショック前の1970年代のほうがよりぜいたくかもしれない。 
 
50mm f/1.4ではなく
露出計連動爪つき絞り環に交換されたF1.8Sがいまのお気に入りだ


こうした外観意匠や光学設計などに「そこそこの新しさ」を持つのが80年代のレンズのおもしろさかもしれないなあ、というのが最近の私の作業仮説だ。そして伝説や伝聞でいわれている個々のレンズの描写についての「評判」を鵜呑みにせず「デジタルカメラで使った場合にはそれはほんとうなのだろうか」と自分で確認しようと思っている。

もちろん、このあたりはたんなる主観と好みの問題だ。ひとによってはピントリングにラバーの巻かれていない非AI方式のニッコールオートシリーズの重量感を好ましく思う方もいるだろう。たしかにかっこいいと思う。私自身は趣味に範囲を決めていて、守備範囲は自分が親しんだAI-Sニッコールレンズだけにしている。ニッコールオートシリーズにまで手を出すと、キリがなさそうだという自分への戒めもある。

AI-Sニッコールレンズを私がおもしろがるのはなんといっても、自分になじんでいて親しみがあるから好きだということにつきる。「むかしはよかった」という後ろ向きな思いではないつもりだけど、そう見えるならば仕方がない。80年代がそれほどむかしとは思えないというのは加齢の証拠かもしれない……AI-Sニッコールレンズには初期のAFレンズよりも、もしかしたらいいものもあるかもしれないぞ、むかしはうまく使えていなかっただけかもしれないし、などとこっそり思っているのは虫がよすぎるかな。

サポートに関しても、2020年11月現在のいまならばメーカー修理も一部はまだ可能で、ニコンOBの修理店ならばもしかしたら修理がまだ可能なところがありそうだというところもいい。これから先もていねいに扱えばAFレンズよりも長持ちちそうな気もする。そんなことを考えながら、いまはデジタルカメラでのAI-Sニッコールレンズの使いこなしを工夫するのが楽しい。

28mm f/2.8には純正のHN-2
50mm F1.8Sには50mm f/1.4S用のスプリング式HS-9
85mm F2Sにはマイクロ105mm用のHS-14を装着。
85mm以外のレンズでも
ガラスを外したフィルター枠をふだんは重ねている

Nikon Df/AI Nikkor 28mm f/2.8S

■「ちがいのわかる男」がダーティ・ハリーふうのいいまわしをする令和2年
なお私は自分で修理や調整をするつもりはないので、YouTubeに袋文字で煽り文句を入れて修理方法やAI私製改造の方法を動画で公開するつもりはない。カメラとレンズはどんなに安くても文化財だと私は思う。素人改造をしてそれを自分で使うだけならまだともかく、改造方法をネットに書くとか、ヤフオクで売っています☆などという方々を見てしまうと……泣けるぜ。

それにしても、中高生のころから自分の好みが変わらないというのもおかしい。いまでもコーヒーを入れるときに昭和っぽく「ダバダ〜♪」と歌いそうになるしさ。どれも昭和のフレーズばかりで、老害ここに極まれり。子どものころの執着が残されたままともいえるか。もっとも、そのころのほうが、カタログを見ているだけでもきちんとものを考えていたかもしれない。

Sony α7II/AI Nikkor 85mm F2S

【参考文献】
日本光学工業『ニッコールレンズカタログ』(1984年12月1日版)

【追記】このカタログは国鉄民営化直前に行われた国鉄東京南鉄道管理局(当時。現在だと組織改編を経て「JR東日本東京支社」だろうか)主催の撮影会でもらったものだというのも、なにやら味わい深い。いま思うと、交友社『鉄道ファン』誌と日本光学工業(当時)のカメラ販売部門の営業部門(のちのニコンカメラ販売、現在のニコンイメージングジャパン)が協賛したイベントだったのだろう。当時の副編集長氏がカメラの操作説明をしていたのも見ている。

そして、「EF5861号機牽引12系客車列車で行く国府津電車区撮影会」かなにかを国鉄の関係部署にいちど申し込んで参加したところ、それ以降何度か直接的に電話で勧誘されて、それらに参加するたびにニコンのカタログをどっさりと手渡された。東京南鉄道管理局でイベントを行う部署のなかで「ちょろい客」リストが共有されていたのだろう。個人情報保護というものが甘い時代のおおらかさだ。そうして2020年になっても当時最新鋭だった80年代のAI-Sニッコールレンズで昭和の鉄道車両や国鉄型車両を撮ろうとしているというのは、私は保守反動の極みか。今年は昭和95年だもんな。

「味わい深い」と書いたのは、もしそれらのイベントの協賛がキヤノンの販売会社であるキヤノン販売(現在のキヤノンマーケティングジャパン)だったら、私はいまごろ「New F-1よりも旧F-1後期型がいい」とか「初代EOS-1の重厚感が好きだ」「New FDレンズが楽しい」などとあつく語っている可能性もあるということ。旧F-1後期型はいまでも使ってみたいんだよな。『鉄道ファン』誌写真コンテストはキヤノンが協賛していたし、同誌の表2広告(目次対向ページ)にはずっとキヤノンの一眼レフだったのだから、事情は想像するほかないけれど、日本光学工業が協賛していたイベントはもしかしたらめずらしかったかも。