2021年1月23日土曜日

【秩父鉄道2010年9月】長瀞オートキャンプ場で秩父鉄道100形電車に会った日


【おことわり】本記事は2010年9月に旧ブログで公開していたものを加筆したものです。2021年1月の本稿改稿時にも秩鉄100形電車の車体は長瀞オートキャンプ場にて用いられているようですが、リニューアルにより外観や内装が2010年の状態とは変わっています。また、昨今の情勢により宿泊ができないこともあるようです。弊紙は旅行情報サイトではありませんので情報のアップデートが必ずしもできているわけではありません。ご利用になる際には公式Webサイトも必ずご覧いただき、宿泊可否や営業状況などの最新情報をご確認くださいますように、お願いいたします。

■秩父鉄道100形電車とふれあった週末
2010年9月上旬のとある週末のことだ。秩父鉄道100形電車をひさしぶりに見てきた。白昼夢や妄想、模型ではない。実物の秩鉄100形電車だ。秩鉄100形は1988年に引退し、2019年まではそのうち2両が三峰口駅に保存されていた。あの半鋼製電車のことだ。この電車が撮りたくて中学生の私は秩父鉄道に通っていた。そう過去のエントリーに書いた。

今回はもちろん三峰口にも行った。だが、これから書くのは三峰口の保存車両のことではない。私が出かけて100形電車を見たのは長瀞だ。そしてこの電車は2021年1月のいまでも健在のようだ。



長瀞の岩畳の下流で野上駅に近く、荒川沿いに長瀞オートキャンプ場という施設がある。オートキャンプ場だから自動車でキャンプができる施設だが、ここにはバンガローもある。そのバンガローの一種に100形電車2両(デハ102号とクハニ20形。クハニは車番不明)の車体と国鉄の車掌車ヨ8000の車体を利用したバンガローもある。2010年9月当時には「電車バンガロー」と称した。



リニューアルされて2021年1月現在ではそれぞれ「バンガロー・トレーノ」「バンガロー・ロングトレーノ」という名称のようだ。100形電車の車体を利用したものは「ロングトレーノ」のほうだ。キャンプ初心者で小さな子ども連れだった私たちは、当時の電車バンガローのうちヨ8000(バンガロー・トレーノ)のほうに泊まってきた。



■100形電車に泊まることができる
この電車バンガローは、車掌車の車体で3人用で4.3畳の部屋(トレーノ)と、8人用で18畳の部屋(ロングトレーノ。100形電車の車体で運転室部分はトイレに改造)がある。私たちは3人なので「ヨでマルヨ」(「車掌車」で「宿泊」)をした。

秩父鉄道好きなメンバー8名を集めて「100形に泊まるオフ会」でもやればみんなで100形に泊まれて楽しいかも。あれがああだからいまは無理だ。あと、だんだん年齢が高くなると冷暖房がないところに宿泊するのがきつくはなるな。2010年9月上旬のときには朝晩の意外な寒さに寝冷えをした。いまではリニューアルをしてロングトレーノにはエアコンがあるらしいから、あとは情勢の推移によるか。

さいわい、私たちの泊まった車掌車はクハニ20の隣だったので、チェックインしてからチェックアウトまでずっと100形のそばにいることができた。当時の3人用の車掌車タイプのバンガローにはもともとはないはずの網棚があった。100形から転用したのではないかと思う。そして100形を見ながら野菜の皮を剥き、ガスバーナーで調理をし、花火をした。自宅の庭で練習したのに当日にはコールマンの古いガスバーナーにうまく着火できず、ようやく着火できたときには炎が大きくなって、思わず声を上げて飛び上がって笑われた。えへへ。

隣の団体から作りすぎたからとカレーをわけてもらい、自分はたいして料理もしないで済んでしまった。そういうあたりもキャンプ場のおもしろさなのだろうね。

ときおり、対岸の踏切が鳴る音がして、1000系電車のモーター音が聞こえた。「秩父に来ているなあ」という気持ちになってうれしくなる。



■電車の音を聞きながらキャンプ
当初は浦山口の浦山川の橋立川キャンプ場に行こうかと思っていた。でも、キャンプにあこがれながらも天幕生活をしたことが一度もない私としては、学齢前の小さい子連れだったこともあって少々日和った。そこで長瀞のオートキャンプ場を利用することにした。いざというときには自家用車の車内で眠ればいいと考えたからだ。

私には「夏のレジャーといえば秩父に行くに限る」という思いがある。というのもずっと西武沿線住民だったせいか、子どものころにレジャーに行く先は秩父だった。東京からの距離がそうあるわけではないのに山に囲まれているという自然環境のたまものだ。だから、秩父鉄道沿線には列車の撮影だけではなく夏のレジャーでもでかけたくなる。

そもそも、私の「秩父鉄道デビュー」は小学生のころに両親に連れられてでかけた「長瀞SLホテル」への投宿だった。20系客車のナロネ21に泊まった。宝登山へ行く途中に位置して1999年まで存在した。もしSLホテルがいまでもあれば行くのだけどなあ。



■深夜と早朝にで野上駅へ
さて、子どもが寝静まってから、といってもまだ学齢前だったのでそう遅い時間ではない。秩父鉄道の終電に間に合う時間にキャンプ場を抜け出してひとり野上駅へ行ってみた。懐中電灯で遊びながら夜道を歩いた。駅についても三脚がなくて上手に撮れなかったので、1000系電車と6000系電車を眺めていた記憶がある。夜の野上駅で電車を待ちながら、秋の虫の声を聞いていたことはきっと生涯忘れないでいるだろう。

そして目が覚めるとひんやりした空気のなかで、すぐそばにクハニ20が見えるのが楽しい。またもやひとり早起きして線路沿いに出て、1000系電車1007編成(チョコバナナ)を見に行った。

さらにこの日はチェックアウトしてから三峰口まで電車に乗り、保存してある100形電車をさんざん眺めてSLパレオエクスプレス5002列車に乗った。つまり2日間も「秩父鉄道道楽」を極めたというわけだ。

秩鉄100形の車体といえば、上熊谷駅近くにあるバー「バーボンクラブ(BOURBON CLUB)」も忘れるわけにはいかない。このオートキャンプ場とバーボンクラブをハシゴするとおもしろそうだと思っているのに、なかなか機会を作れないままだ。

【撮影データ】
Nikon D2X/AI AF Nikkor 35mm f/2D, AI AF Nikkor 24mm f/2.8D/RAW/Adobe Photoshop CC 2021(いずれも2010年9月撮影)