2021年7月26日月曜日

【八高線撮影記事】梅雨が明けるころの入間川にて


■梅雨明けはいきなりやってきた
連日暗い曇り空が続いていて、ただでさえあれがああだという状況下なのに、なおさら「おもしろくないなあ」と思わずにいられなかったある日のことだ。夜中に激しい雨が降るのを聴いていた。すると夜が明けたら夏のように空が青く晴れた。

そこで思わず自転車で川沿いを走るために出かけると、雨に洗われたせいか空は真っ青で積乱雲も見えた。

川の水量が多くて水辺には降りられない。増水しているようすを見ながら怖くなる。私はむかしから水が怖いのだ。水泳を習ったけれど、こういう増水はいつ見ても恐ろしい。増水して、堰を流れる川の水がときにごうごうと音を立てる。

その音のなかから、河原にある木に止まっていたらしいセミの声が聞こえてきた。


■いつもの河原の水量の多さにおどろく
もう何度も通っている八高線入間川橋梁までやってきて、その増水のようすにあらためておどろかされた。その2日前にも来ていて、そのときはいつものような水量しかなかったからだ。

2日前のようす

2日経つとこう

■構図を決めるというのは情報の整理整頓だ
阿岩橋から私はいつも中望遠レンズで撮ることが多いのは、画面左側の白っぽいコンクリートの護岸と公園を画面内に入れることがふさわしいとは思わないからだ。とくに白っぽいコンクリートの護岸は不用意に目を引いてしまい、写真によい影響を及ぼさない。私が撮りたいのはこの場所の記録写真や護岸工事の竣工写真ではない。

写真の構図を考えるというのは、情報の整理整頓だと私は思う。デザインや編集というのも同じだ。自分の意図をより伝えやすくするために、不必要な情報を画面内に収めないようにしている。「写真は引き算だ」という言い方もあるでしょう。

ここでは列車やその背後の空が写真の主役であり、それ以外の情報はできるだけ少なくしたい。この場所の説明写真が撮りたいわけではないので、「この場所らしさ」さえ私には不要だ。説明的に撮りたいならば午前中の順光の時間に来る。

けれど暗くなって護岸がめだたなくなってから、増水のようすをつい写してしまった。ちょっと言葉を失うようなようすだったから。


■209系3100番代車は軽々と走っていく
太陽を画面内に入れるにはこの構図では、いまの時期はよろしくない。画面右側の方向に沈んでいく。だから、太陽が雲に隠れるまで待った。すると、暗くなるかというぎりぎりの時間に209系電車3100番代車のハエ71編成が上り列車として姿を現した。

いつも思うけれど、金子にかけて上り勾配であってもいつも軽々と走るように見えていつみても感嘆させられる。キハ30・35のころはDMH17エンジンがうなり、黒煙を上げて加速していたはずだ。



■東京事変の曲を脳内再生
列車を待つあいだに東京事変の『落日』という曲を思い出して、脳内で再生していた。ヘッドホンでじっさいに聴いてしまうと列車が来るタイミングを逃すから。


いろいろとあれだけど、しらけた気持ちでいるのはよくないよなあ。春先まではそう思えていたのに、さすがにこの状況にあきてきたのさ。いろいろな不公平さを感じさせるニュースにも疲れた。

それでも、こういう状況下でなにかと負の感情を持つのは仕方がないとはいえ、自分自身はそればかりを丸出しにしていたくない。自分の負の感情だけならまだしも、他人の負の感情があふれているさまばかりを見ていると気持ちがくたびれる。そして、それにストレスを感じないように感情の蓋をし続けると、自分が気持ちがしらけてきてしまうようだ。

だから、この状況下でも他人を楽しませようと一生懸命に活動をしているひとたちを尊敬する。私自身も見習わないといけないなとも思う。とにかく、元気だけは出さないとおもしろいことも考えつかないね。

そう思っていたこの日、首都圏では梅雨明けが宣言された。遠出しないでもできる範囲で夏の写真を撮ってみようか。

【2023年6月追記】
AdobeのAIノイズ軽減を使いRAW現像からやりなおしました。また、Adobe Photoshopでレイヤーマスクを使い、空を暗く落として暗部をやや明るくするやり方を、この写真を元に解説している記事をnoteに書いています。あわせてごらんくださいませ。


【撮影データ】
Nikon Df/AI AF Micro-Nikkor 60mm f/2.8D, AI AF Micro Nikkor 105mm F2.8D/RAW/Adobe Photoshop CC