2016年2月10日水曜日

【ロシアこぼれ話】エディタ・ピエーハのことは知らないのです、私

エディタ・ピエーハ公式Webサイトよりキャプチャ(ロシア語のみ)
先日は、たまたまポーランド出身でソビエトでも人気のある女優バルバラ・ブリルスカのことをちらっと書いた。偶然にも、もうひとりのポーランド人女性のことを書く。歌手のエディタ・ピエーハのことだ。ロシア語つづりだとЭдита Станиславовна Пьеха(エジタ・スタニスラヴォヴナ・ピエーハ)。ポーランド語ではEdyta Maria Piecha(エディタ・マリア・ピエーハ)というそうだ。



1937年にフランス(パ=ド=カレー県ノイエル=ス=ランス)に住むポーランド系一家に生まれ、1946年にポーランドへ移住。その後、1955年にソ連で教育を受ける権利を得てレニングラードへ。そこで音楽バンド「ドルージバ(友好)」を組み歌手デビューしてソビエトで一躍人気歌手になる……というのは、いまロシア語のWikipediaから拾いました。その程度しか私はピエーハのことは知らない。

それなのになぜピエーハの話をしたかというと、それはたまたま、なにかの調べ物をしていたときに、ピエーハのことを思い出して検索をかけたら、Wikipediaの日本語ページにたどり着いたから。案の定、日本語で書いてあることはほとんどない。そこで、ふと貼ってあったリンクをたどると404……なのはいいとして。

誰ですか、私の旧ブログのいい加減な記事にリンクした人は!(大爆笑)

そのころ"Наш Сосед"(ナーシ・サセート:お隣さん)というタイトルの曲(1969年)がおかしいなあ、と思って書いたのだろう。歌詞はこんな(リンク先はロシア語)。朝早くからお隣さんのクラリネットとトランペットで起こされる。目覚まし時計なんていらない。だって、お隣さんの音で起こされるから。と、そんな歌詞だ。

ひさしぶりに旧ブログにログインして管理ページから、記事一覧を見て驚いた。Wikipediaからリンクしてあった自分の旧ブログには、ピエーハのことを書いてあるのはほんのわずかしかなかった。以下引用する。

「エディット・ピアフではない。エディタ・ピエーハだ。カタカナで書くととてもよく似ているので、混同しかねない。かくいう私は、ずっと混同していたのだけど。

エディット・ピアフ(Edith Piaf)(1915年12月19日 - 1963年10月11日)はフランスの歌手で、私の解説は不要だろう。

エディタ・ピエーハ(Edita PiekhaЭдита Пьеха、ポーランド語綴りではEdyta Piecha(1937年7月31日〜)はフランス生まれで母はポーランド人。存命のポピュラー歌手でソ連人民芸術家称号を持つ大御所だ。」

これだけじゃないか。

しかも、「父母ともにポーランド人」のまちがいです(訂正し、お詫び申し上げます)。ロシア語ページに"Отец — Станислав Пьеха, шахтёр, умер в 1941 году от силикоза. Мать — Фелиция Королевска, полька."(筆者訳:父は、炭鉱夫のスタニスラフ(ポーランド語であればスタニスワフ)・ピエーハ。1941年に珪肺(注:粉じんによる公害病)で死去。母はフェリツィア・カラリョフスカ(ポーランド語ではコロレフスカ)。ポーランド人)と書いてあったのを不正確に書いたままだ。

ロシア語とポーランド語以外に、英語ページもあり、本人の公式サイトがあるので知りたい方はそちらをご参照くださいまし。あと、ここにリンクするのもやめようよ。いいかげんな記事なのだから。

追記:イタリアのダンサーで歌手のIn-Gridが出ているこんなリミックスもありましたよ。

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