2016年2月20日土曜日

【上信電鉄撮影記事】たそがれどきの線路際にて


9月の台風シーズンの頃に、上信電鉄の佐野橋のあたりを歩いていた。黒い雲がいちめんに見え、烏川は増水していた。遠くの山のほうには稲光も見えた。

ときどき私は、自分は「鉄道を撮っている」というよりも、「鉄道を被写体として借りている」気持ちになる。そこを走る列車や、鉄道沿線を写実的に記録したいという思いもあれば、あくまでも列車や沿線風景を題材として、そこに写実性ではないなにかを描きたいという思いの両者があるからだ。


かんたんにいうと、眼前に展開している鉄道の情景を記録したいということと、それによって生じた自分の思いを記録したいということ。これは、どちらが重要だとかいう話ではなくて、どちらもやればいいということに遅まきながら気づいたのはここ数年だ。そう思うと、鉄道を撮ることがとても楽しくなった。そして、撮影におもむいた先でも、特定の列車の編成写真も楽しみつつ、同時にどこの鉄道でどの車両であるかはまったく関係のない写真を撮ることで空想に遊ぶことが、苦ではなくなった。

より普遍的な写真も撮りたいと、より欲ばりになったということでもあるね。そこで、ときおりこうしてここに列車が不明瞭にしか見えない、写真を貼りつけるようになったというわけだ。ただし、この両方をうまく活かしやすい撮影地と、活かしにくいところがあるのは事実だ。そして、空想で遊ぶことにも技術と訓練が必要だとも感じる。

あくまでも個人的な好みではあるけれど、中途半端な写実性というものにはどうももやもやさせられるから。「徹底した写実性/抽象化」とはではなにか、ともし問われると言葉につまるのだが。えーと、それを見つけている最中でして。それに、「徹底しない」ことを満足できるようになるかもしれないし。そういうもろもろがわかるのは、きっと人生が終わる直前なのかも。

まあいいのさ、法を犯さないならば、自分が好きなことをすれば。自分の好きなことをするには勇気がときには必要なこともあるかもしれないけれど、それは自分の選択だから、文句は言えない。


……などと、地方私鉄の列車を待つ時間には考えていることが多い。そうして、帰るタイミングを逃してしまい、夜になっても家にたどりつかない。

【撮影データ】Nikon D7200 /AI AF Nikkor 24mm f/2.8D, AF-S DX NIKKOR 35mm f/1.8G/RAW+JPEG/Capture NX-D

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