2016年6月17日金曜日

【JR東日本国鉄型電車遭遇記事】グレードアップあずさ色豊田車セ189系電車M52編成に遭遇セリ



所用でJR高崎線に乗った。震災の年に数ヶ月間ほど、埼玉県の免許センターのある町の「ダーチャ」(ロシア語「別荘」*1)に滞在したことがあり、それ以降ときどき「ドクトル」に会いに行っていた。ここ最近はずっとごぶさたしていたのだけれど、ひさしぶりにドクトルのもうひとつの勤務先である、「アリコベール」のある町に出かけた。英語読みすると「エイジ・オー」な。



拙宅から高崎線に出るには、大宮に出るか川越経由でバスに乗る。秩父鉄道の熊谷方面に出るにも同様だ。今回はバスの接続がいまひとつだったので、鉄道の街である大宮経由で出かけた。鉄道の要衝でありJR大宮工場(大宮総合車両センター)のある大宮は、鉄道ファンの私にとってはダイヤをチェックしないで行っても「なにかを見ることができる可能性が高い」ので、通過するだけでも楽しい。JRの車両を見なくても、東武アーパー線アーバンパークラインの8000系電車が「柏」という一文字しかない方向幕を出しているのを見るだけでも、しみじみしちゃうのだ。

それに少なくとも、高崎線の列車から総合車両センター内や鉄道博物館の展示車両を見かけることができるから、それだけでもじゅうぶんに楽しめる。今日も大宮で乗り換えのために降り立ってみると、入場中とおぼしきダブルデッカーの215系電車を見ることができて、ふむふむと思っていた。

そうして高崎線の下り列車を待っていると、遠くから白い塗装に緑と赤の帯の……ふじこふじこ、豊田車両センター所属の旧グレードアップあずさ塗装の189系電車M52編成が現れて、私は飛び上がった。まったく予期していなかったからだ。DJ誌もずっと買っていないし。




いまにして思えば、武蔵野線内で一眼レフを構えているひとたちを見かけたから、豊田から連絡線を経由して武蔵野線経由で大宮にやってきたはず。そして、このM52編成は乗務員交代をしてからすぐに東大宮方向へ向かって、高崎線をオーバーパスするルートを走っていた。このときはなにも考えずに「明日の快速『富士山』号の送り込みかなあ」などとのどかに考えていたけれど……大宮始発の快速『富士山』号はもう何年も前から走っていないことを忘れていた。

こうして、過去のできごとと現在のできごとの時系列が狂って等価値になり、「それ、昔もあったよ」などと得意げに語るようになって、情報のアップデートをしないままでいることを『老化』『加齢』といいますね(汗)。

そこで帰宅してググッてみてですね。なるほど、修学旅行列車の東大宮への送り込みだったとは。なるほど、たしかに梅雨時は修学旅行のシーズンだった*2。列車の撮影後に速攻でWebに記事を上げる現役高校生および大学生の諸君あざっすどうもありがとう!

*1「ダーチャ」(ロシア語「別荘」):法を犯したわけではないので、念のため。「バリニッツァ」「ゴシピタリ」のことですからね。

*2 たしかに梅雨時は修学旅行のシーズンだった:中学の修学旅行で行った6月の京都奈良は、蒸し暑くてありがた迷惑でしたからね、センセイがた。高校の京都への修学旅行は秋だったけれど、奈良方面は中2以来ずっと「奈良は暑くてすげえやだ」と思い、公私ともどもいっさい足を向けていないや。あはははは。そりゃたしかに、費用が安く済むし、旅行会社、鉄道会社、宿泊施設もこの期間に団体客を扱うことができていいのでしょうけど。死ぬまでに寺社仏閣に興味が向くことはあるのかなあ、私。宇治の平等院鳳凰堂と、観光バスから見た103系1000番台を改造した105系電車、そして投宿したホテルのボーイが連呼していた「フレッシュ」という関西方言しか覚えていないや。こちらも「コーヒ」という関西アクセントで答えればよかったのかな。

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