2023年4月10日月曜日

【上信電鉄撮影記事】桃源郷を走る二代目「桃源堂電車」700形第1編成


■桃源郷のような
3月下旬から4月上旬にサクラが咲いて淡い緑が芽吹き始めるときにどこかの里山を見ると、こういう光景を桃源郷というのだろうなと思う。大げさで陳腐な言い方ではある。でも、それまでの冬の枯れ野にいい加減飽きている時期だからか、ほかの季節の変化よりもずっと大きく心が揺すぶられる。

上信電鉄沿線を春先に訪問するのは、列車から見えるあちこちの山肌の芽吹きとサクラが咲き、あたり一面が明るく見えるのが好きだから。


ナノハナ(アブラナ)はある程度まとまって咲いていると、強く甘く香る。これもまた、春先にぽおっとさせられる原因のひとつにちがいない。近づきすぎて黄色い花粉が服につけてしまうことが多々ある。いい歳したおとななのに子どもっぽい。

■「桃源堂電車」が走る
筆者にそうやって、春先には桃源郷という単語を連想させる上信電鉄上信線には「桃源堂電車」が走っている。保育園・幼稚園向けの教育用品総合商社である株式会社桃源堂ホールディングスの本社と、株式会社桃源堂の商品センターが沿線の富岡市内にあるのだそうだ。

車体には漢字で社名などはいっさい描かれていない。WebサイトのURLと電話番号、玩具のイラストと"Togendo"というローマ字、それと「木のおもちゃ」の文字と以前のデザインではドイツ国旗があるだけ。だから、はじめて見たときには検索をかけないでいると、社名も事業内容もわからないでいて「トゥージェンドゥーってなんだろう」と思ってた。

ラッピングのデザインは運行開始時と最近では変えられていたようだ。比較的最近の写真では色みもことなり、URLは大きく描かれていないし、雨樋からの両肩部分に樹木のイラストもない。

2015年8月撮影。長らくこのデザインだったはず

上信電鉄で桃源堂の広告ラッピング電車が走り始めたのは、同社公式ウェブサイトにある沿革によると平成17(2005)年3月からだそうだ。当時は1000形電車の車体に描かれていた。ある日1000形をよく観察して驚かされたのは、印刷されたステッカーを貼付するのではなく手描きであったこと。「上信電鉄高崎検車区には名の知られていない絵画の『匠』や『巨匠』がいるにちがいない」とそれ以来私は思っている。


■1000形から700形第一編成に
1000形は昭和51(1976)年に導入された当時は、正面に大型一枚ガラスを用いたり、踏切事故対策としてバンパーを備えた斬新な外観と、地元デザイナーの考案したとされる斜めストライプを用いた塗装、ワンハンドルマスコンの採用、応答性が高い電気指令式(HRD)ブレーキの採用、空気バネ台車の使用や乗客の増減に対応した応荷重装置の搭載など、さまざまな点が大手私鉄の車両並みと評された。鉄道友の会からローレル賞を受賞した自慢の電車ではあったはず。

ところがそのことがのちに災いしてしまった。自動空気ブレーキを備えた従来形車両とはブレーキ装置の仕様を変更し、他の車両とは併結などはしないで3両固定編成のまま使う仕様であったことにより、乗客数の減少に対して柔軟に運用できなくなった。1M方式ではなくM-M'のユニット式を上信電鉄でははじめて採用し、片方の電動車が中間車であったことも柔軟な運用を組みにくい原因となった。そこで中間電動車(モハ1201)に付随制御車(クハ1301)の運転台部分を移植して電動制御車化(クモハ1201)されて、従来のクモハ1101と2両編成を組むように編成替えがなされた。


さらに、1000形にも冷房改造とワンマン化対応改造がなされた。その結果、ロングシート化された6000形とほぼ同様のスペックを持つ電車として活躍していた。

ところが、2021年末に1000形は踏切事故に遭遇し、それ以降は休車とされているようだ。その年に検査を受けて塗装もきれいだったのに。車体への被害が大きかったのか、本稿執筆時の2023年春でも1000形電車はパンタグラフを外されて、高崎検車区に留置中だ。

そして、広告ラッピングは2022年夏から700形第一編成に引き継がれた。

2019年9月。153編成の最終運用日に。
2015年と比べるとデザインが変わっている

700形第一編成に収入源である広告ラッピングが引き継がれたということは、1000形電車は修理をあきらめられて、実質的にはすでに廃車になっているのではないかと私は判断している。単なる推測でしかない。まことに残念ではあるのだが。

デハ252の相棒だったクハ1301も動いていないところも気になる。

■線路沿いから離れても楽しい






さて、筆者にとってのこの春の西毛地区(上信電鉄沿線)訪問の成果は、もしかしたら列車の写真ではないのかもしれない。

里山の駅そばの踏切で列車を待っていたところ、通りかかった女性と立ち話になり、その際にそう離れていないところに「しだれ桜の里」と呼ばれるところがあると教えられた。

列車を待つのに飽きて教えられた道を進んでみたら、道沿いにシダレザクラが咲き誇っているところをたしかに見つけた。線路からは数百メートル程度しか離れていない。何度もこの駅で乗降しているのに、こんな場所があったのかという驚きにうれしくなった。

これらシダレザクラは列車と一緒に撮ることはできない。でも、そんなことはどうでもよくなってしまった。山の端に沈みかけた太陽が雲に遮られて拡散光として逆光ぎみにあたっていたところもよくて、うっとりとしばし見とれた。

そのときにも思ったのだ。ああ、桃源郷だ……と。遠くに出かける価値はこういうところにあるのかもしれない。まだまだ見たことのない、気づいていない美しい景色がきっとたくさんあるはず。

【撮影データ】
Nikon Df, D7200, Sony α7II/AI AF Micro-Nikkor 60mm f/2.8D, AI AF Micro Nikkor 105mm F2.8D, AI AF Nikkor 180mm f/2.8D IF-ED, Jupiter-12 2.8/35/RAW/Adobe Photoshop CC