9月に入った途端に、秋雨の影響ですっきりしない天気が続いて、秋の訪れを感じさせるようになった。今年は8月でもすっきりしない天気だったから、「夏をきちんと味わった」感じがあまりしない。夏の積乱雲などの、典型的な夏らしい写真も今年は撮れなかったし。
8月の終わりの日曜日に、西武秩父線4000系電車と秩父鉄道SLパレオエクスプレスに乗り継いで、行田の『電車食堂マスタードシード』に行って東武5700系電車に再会した話を前回書いた。あの日のできごとは、いま思うと夏休みのない私にとって、レジャーを通じて夏らしさを味わうことができた今年の夏の一大ビッグイベントだった。
じつはあの日に、寄りたい店がもう1軒あった。その店は秩父鉄道秩父本線上熊谷駅そばにある。熊谷駅からも歩けなくはない。だが、いちどJR高崎線に乗って吹上駅まで上り方向へ行ってしまうと、熊谷まで下るのはすでに酒が入った50歳代の人間にはだるい。だから、その日は『マスタードシード』に寄っただけで帰ってしまった。
とはいえ、そのもう1軒の店にも私自身はずっと強い興味があった。長年行きたいと思いつつ、なかなか行く機会が作れなかった。熊谷というのは埼玉県内在住でも県南部在住の私には微妙な遠さを感じる。だから、いま気持ちが盛り上がっているあいだに行かないと忘れてしまいそうだ。それに、ここで行かないとまたとうぶん行けなくなるのではないか。そうなると、後悔するにちがいない。
そこで、9月に入った土曜日の午後に高崎線の上尾で用事を済ませた帰り道に、高崎線特別快速に乗って熊谷で降り、秩父鉄道に乗り換えた。その店に向かうためだ。
秩父鉄道上熊谷駅はかつて東武熊谷線があったころに、この駅まで並走していたそうだ。その名残がいまでも駅ホームにある。駅周辺は古くからの商業地というものの、繁華街ではない。熊谷駅から歩けるような距離だというのに、周辺はシャッターを下ろした商店と民家が並んでいて、人通りが少ない。八木橋百貨店やイオン熊谷店も近いのだが。
駅を降りてすぐのところに目指すお店はある。『BOURBON CLUB(バーボンクラブ)』というバーだ。新幹線の高架下にあり、秩父鉄道100形電車のおそらくクハニ24号(Wikipediaにはクハニ22号とあるが、こちらは誤記か)と国鉄ワム80000形貨車の車体を店舗にしていることで、鉄道ファンには有名なお店だ。秩父鉄道秩父本線の列車からも見える。
100形が1988年(昭和63年)に廃車になって少ししてからお店ができた。開店して30年くらいになるはずだ。何度もそばを通りながらもなかなか入れなかった。
外観を見て静かに興奮しながら、入口のドアを開けた。ドアも100形時代の鋼製のドアが使われている。ドアエンジンが生きているわけではないから、重い。
店内にはもともとの100形電車時代のニス塗り、扇風機、吊り革と広告枠が残されつつ、ウイスキーのボトルが並んでいた。そのあいまにポスターなどが貼られ、アメリカンな雰囲気がする。
私は外で飲む習慣がないうえに、コロナ禍で飲み会も減り、最近は自宅での晩酌もやめてしまった。親しい友人や親戚などと機会があれば飲む程度だ。それでも20歳代のころは「かっこいいバー」を開拓していたものだけど、いまやその「データベース」もなくなった。そのころも一人飲みをしていなかったし。
はて、ウイスキーの私の好みの銘柄はなんだろう。
そんな人間なのだ。だから、マスターと相談して決めた。何を飲みますか……とマスターに尋ねられて、ええと、炭酸がほしいのとまずはそうクセのない感じのものでなにか、などと話して銘柄を選んでもらい、バッファロートレースをハイボールにしてもらった。
開店直後をねらって行ったので、自分一人しか客がいない。そこで、マスターにお願いしてあれこれ店内を撮らせてもらった。残されている吊り革を見て、100形の上り列車に乗って浦山口を出て影森にかけての勾配と急カーブを走る際に、吊り革が前後に揺れてがちゃがちゃと音を立てていたことを思い出した。
マスターによると数年前までは網棚も残されていたが、傷んで外してしまったという。しばらく前には屋根から雨漏りが始まってしまい、困らされたのだそうだ。屋根は梁の上に木で作られていて、防水布が貼られているだけのはず。三峰口に保存されていた100形電車も屋根が傷んで抜け落ちていた。
そう思うと、近い将来にこのお店だっていまのこの状態から、姿かたちが変わる可能性もある。だから、いま来てよかった。
18時にお店は開店する。その日は19時をすぎたころから常連のお客さんたちが現れて、奥のソファ席に行き、その後も数組のお客さんがぽつりぽつりと来て、カウンター席がほぼ埋まった。
食事をしないで行ったのでチキンタコスを作ってもらった。これもとてもおいしかった。そして、アードベッグのハイボールとロックを飲んだ。こちらは説明してもらったとおりにクセの強めのスモーキーなウイスキーだった。
カウンター席も埋まり、マスターも忙しそうになってきた。熊谷からは自宅まで2時間少々かかるから、20時少しまえに店を出て、上熊谷からひと駅秩父鉄道の列車に乗った。飲んだ帰りに秩父鉄道の電車に乗るというのも、自分には新鮮だ。やってきたのはナナハチだった。
上熊谷駅は昔の雰囲気のままで、町中にある駅という感じがしない。ほろ酔いで見るとその昔ながらの雰囲気に心引かれた。
こういうかっこいいお店での一人外飲みも、たまにはいいものだと思った。秩父鉄道オタクの自分には酒以外のもので酔った気もしないでもない。でも、おそらくはお酒を飲める人ならばだれにでも居心地のいいお店なのではないかな。
ただし、広いお店ではないから大人数で騒ぐのではなく、大人同士で一人か二人くらいで行き、静かに飲むのに向いている。カジュアルな雰囲気ではあるけれど、大人向けのお店だ。
1987年3月に写したクハニ24号車の写真を貼っておく。背後に写っている秩父鉄道の本社社屋はいまも変わらない。奥にちらりと見える黄色い車体の1000系電車と800系電車、旧塗装のままの100形がなつかしい。
100形電車は長瀞のオートキャンプ場の電車バンガローとともに、こうしていまだに車体が残されているのだから、幸せな存在なのだろう。張殻構造の新性能車ではなく、台枠に柱を立てて梁を渡し、車体側板には強度を負担させない戦前からの丈夫な車体構造だから長持ちしているのかもしれない。ともあれ、いまでもこうしてその姿を見られるのは、じつにありがたいことだ。













