東京首都圏で2月6日に降った雪は、首都圏での積雪量としては多かったものの、いつものように比較的水分が多かった。だから、筆者の住む埼玉県南部では数センチしか積もらず、翌日昼過ぎには、アスファルトの部分は溶けてしまった。畑などの土のあるところにはしばらく雪が残っていたが。
降雪した日と翌日は用事があり、そのあいだに自宅周辺の雪はあらかたなくなっていたから、雪景色を撮るためにどこかにでかけるということは、まったく考えつかなかった。正確にいうと、今年もまた雪景色を撮ることは無理そうだとあきらめていた。
ところが、秩父鉄道の武甲山麓の駅のようすをXのタイムラインで見ていたら、降雪して2日経ってもまだたくさんの雪が残されていることがわかった。それをみて、ひさしぶりに秩父鉄道沿線を訪ねてみようとにわかに思い至った。
ほんとうに「ふと思いついた」のだ。かなり衝動的で「そうだ、秩父行こう」という感じ。
さっそく翌朝に地元駅から始発列車で出かけようとして……うっかりして始発2本目の列車で出発して、武甲山麓の駅に8時半過ぎに降り立った。
寄居から道中を見ていても、あちこちで残っている雪の量が多いことがわかった。そして、下車した武甲山の麓の駅はまだあたりいちめん真っ白。思っていた以上に雪が残っていた。あたりはひんやりとしてずいぶん冷える。
■「湯乃澤橋」の名前のある欄干のところに立つと
駅構内ではデキ507が三輪(みのわ)鉱山行き列車の先頭に立って、出発準備をしていた。これは鉱山行きの第二便の列車になる。すでに第一便の列車は鉱山に登っていったあとだ。
ちなみに、この第一便の先頭にはデキ102が立っていたことは、道中すでに知っていた。Xのタイムラインで見ていたからね。自分の到着が遅れて、その列車が三輪鉱山に向けて登って行く姿は見ることはできなかった。だからこそ、降りてくる姿だけは確実にとらえたい。
焦る気持ちは禁物だ。路面凍結を考えてトレッキングシューズを履いてきたものの、ところどころでバリバリに凍結している道に気をつけながら歩き、撮影機材のセッティングの脳内シミュレーションを繰り返した。
ペンキ塗る、ペンキ塗る
ワックスかける、ワックスとる
いや、それは盛りすぎだ。ただ、かばんのどのファスナーを最初に開けてからまずレンズを取り出し……という想定を何度も思い描いたのは事実だ。そうして、構内側線が大きく曲線を描いて本線からわかれていく「湯乃澤橋」の名前が刻まれた欄干のある陸橋のところに、息を切らせてたどり着いた。
ちなみになぜかっこつきで書くかというと、どうやらこの「湯乃澤橋」はべつのところ、付近にあった湯乃澤と呼ばれる沢にかけられていた橋を移設したものらしいから。以前何かでそう読んだのだが、いま検索をかけても見つけられない。
この場所は通年午前中は山の影になるので、日当たりがよくない。そのために雪も多く残っている。だから、冷蔵庫のなかにいるかのようにとても冷える。
少し前に列車が通過したときに撒かれた真新しい砂が道床に見える。ときおり、三輪鉱山から汽笛が聞こえる。構内で貨車を牽引している「根岸から来たタレ目のおじさん」のような顔(個人の感想です)をしたディーゼル機関車D502と牽引してきたデキ102の汽笛だ。
■汽笛が聞こえて……やってきた!
汽笛の鳴る頻度が高くなってきた。機関車のつけ替えをしているのだろう。列車はもうすぐ鉱山から降りて来るはず。
あたりはとても静かだが、雪は音をさらに消してしまう。だから鉱山からやってくる列車を見逃さないように、少し緊張しつつ待った。そこへ鉱山のほうから、重々しいモーターの音が聞こえてきた。
ほどなくして、カーブを曲がってデキ102が積車の鉱石貨物列車の先頭に立ってしずしずと姿を現した。カーブも上り熊谷・羽生方面行き列車に対しては下り勾配だが、私がいる橋を過ぎると20パーミルの下り急勾配になる。20両の貨車に鉱石を積んでいるから、運転士氏が注意しながらブレーキをかける姿が見える。
カメラのファインダーのなかで予期した位置に列車が入ってきた。すかさずにAF-ONボタンを押しながら、AF(オートフォーカス)追従連続撮影(コンティニュアスAFサーボ、AF-Cによる連続撮影)を繰り返した。
私のカメラはシャッターボタン半押しAFを解除して、いわゆる「親指AF」に設定してある。180ミリレンズはF5.6まで絞っているが、被写体深度はそう深くはないから、こちらに近づいてくる被写体に向けてAF追従させる必要がある。とはいえ、速度が遅い列車が曲線を通過するさまを望遠レンズで見ているので、見た目の速度は遅い。それでもAFではないと、レンズのヘリコイドを手動で回してピント位置を被写体の動きに合わせて移動させるのは、いまの私にはもう無理だ。
ひさしぶりの撮影だといろいろと忘れていることが多い。忘れがちなのは電気機関車のような最前部にパンタグラフのある列車における天地の配分だ。地面を多めにしていまい、遠目でないとパンタグラフ上端が画面に入らない構図にしてしまうことがあるのだ。
勾配を下りはじめた列車のどっしりとしたジョイント通過音を聞きながら、列車の後ろ姿も追いかけた。わすがに砂煙が車輪の周りに舞いあがるのが見えた。やがて列車は麓の駅で停車した。
撮りたいと思っていたカットは撮れた。うれしさのあまり思わず「エイドリアーン!」と大声で……叫びはしなかった。「最終ラウンドが終わって、ゴングが鳴ってもまだ立っていられたら、俺がチンピラじゃないってことを、うまれてはじめて証明できるんだ」って例のあれね。もう、その話は何度も書いたし、アラフィフ以上ではないと通じないだろうから、省略する(していない)。
近ごろは、より新しいデキ300形やデキ500形が運用入りすることのほうが多い。悪天候の日は故障を防ぐためにも、おそらく意図的にそうされていると思う。だからなおさら、この場所でデキ102を撮影できたのは大収穫だった。
なお、この日の第二便は前述のようにデキ507が充当された。第一便と第二便に、秩父鉄道に現存する最古の機関車(1954年製)と最新の機関車(1980年製)が用いられたのは、運用さんの遊び心かなにかだったら興味深い。
このあとの鉱石貨物列車はデキ500形のオンパレードだった。この日は東武鉄道10000系電車の出場回送が羽生〜寄居で行われたようで、そちらはデキ302が牽引していたそうだ。だから、少しうっかりミスもあったけれど、デキ102を写せた朝一番のカットがいちばん気に入った。早起きしてよかった。
こういう機関車の運用を決めてくれた秩父鉄道関係各位のみなさんと、武甲山の麓の駅のようすをXにポストしてくれた方、ありがとうございます。
■鉱石貨物列車追いかけには寄居ルートが便利かも
今回は東武鉄道と秩父鉄道が販売している「SAITAMAプラチナルート乗車券」を川越市で購入して使用した。この切符は秩父鉄道線内でのフリー乗降区間がふかや花園〜寄居〜三峰口と長いうえに、東上線内と越生線内でもフリー乗降が可能だ。しかも、どの発売駅でも1,900円の同一価格だから、東武線内ならば池袋により近いところで買うほど「お得」だ。
もっとも、鉱石貨物列車が走る区間のうち、武川〜ふかや花園はこの切符の利用範囲外だ。その区間もじっくり追いたいならば、全線でフリー乗降が可能な秩父鉄道発行の「秩父路遊々フリーきっぷ」のほうが便利だ(デジタル版のみになったので、スマホの充電切れに注意)。でも、武川〜ふかや花園は二駅しかないから、なにかと便利なのはSAITAMAプラチナルート乗車券なのではないか。
また、西武鉄道経由で往復するならば、西武鉄道発行の「秩父フリーきっぷ」もある。筆者はこれを使うことも多かったが、筆者の自宅からだと300円程度追加して秩父鉄道線内でのフリー乗降区間が増えるSAITAMAプラチナルート乗車券のほうが、ふかや花園〜寄居〜野上でも使えて便利に思えた。野上より下り方面でしか撮らないと決めてあれば、置き換えも予定されている西武4000系電車に乗れる西武秩父線ルートが使える秩父フリーきっぷもありだ。
【撮影データ】
Nikon Df, D7200/AI AF Micro-Nikkor 60mm f/2.8D, AI AF Nikkor 180mm f/2.8D IF-ED/RAW/Adobe Photoshop CC 2024