2015年7月2日木曜日

【チラシの裏】京王「帝都」電鉄に乗りたい

懐かしきかな京王競馬場線6000系リバイバルカラー(2010年8月)
今年ももう7月を迎えた。ああ、時の流れの速さにじつに、じつに驚くばかりだ。

少年易老學難成
一寸光陰不可輕

という詩の作者はじつはよくわかっておらず、いろいろな意味があるらしいという説もあるとはいえ、従来の定説とされてきた解釈にここであえて従えば、もう少年どころかおじさんになってひさしい筆者はいっこうにお利口にもならず、満足のいく学も身につかないまま。仕事の成果もアレなまま、どんどんと時が流れて行く。これでは『永遠のゼロ』ではなく『永遠にゼロ』じゃないか、私じしんが。

などと、パソコンに向かいあれこれと仕事をしながら考えごとをしていて、Youtubeをザッピングした。そうしてなにげなく、最近ブレイクしているグループ「ゲスの極み乙女。」のビデオに行き当たった。それを見ていて、京王競馬場線の府中競馬正門前駅でロケされていることに気がついた。2連の7000系電車が画面に映り込んでいる。ああ、そういえば! 京王競馬場線! 私はすっかりその存在を忘れていた! 6000系電車が最後の活躍をしていた頃に出かけて以来だから……最後に夜に立ち寄ったのが2011年1月で、昼間乗ったのが2010年8月とは。



銚子電鉄2000系のなんちゃって京王5000系顔
京王グリーン車塗装と特急塗装の銚子電鉄2000系(2013年7月)
正面がちに撮れば上電700形も井の頭線ふうに見えませんか
富士急の京王リバイバル塗装はまだいるのでしたっけ?←未見
京王線とは私には、ある種のあこがれのようなものがある路線だ。それはたまたま、親戚や友人、あるいはあこがれの異性などの自分の好きな人たちが多く住んでいた・いるという好印象をもたらす理由があり、むかしから電車や駅のデザインなども東京の電車にしてはあか抜けているなあと感じるからだ。たいへん極私的ではあるけれど。

そして、多摩ニュータウン内での京王相模原線の存在感もまた強い。かつて、京王も小田急もそれぞれの多摩センターが終点だった頃(橋本や唐木田まで延伸していなかった頃)、新宿からアクセスしやすいのは京王相模原線のほうで、都営新宿線直通の快速がぶっ飛ばしていた。いっぽう、小田急のほうは多摩線内の折り返し運用しかなく新百合ケ丘での乗り換えを強いられたし、多摩線内は本線のお古の電車がノロノロ走っていたことを覚えているからだ。

「永山を同時に発車したときに、こちらが6000系で小田急さんが2400だと、こちらの加速の速さになにやらもうしわけなくなる」みたいなことを(もちろん、なかば冗談ではあろうけれど)、創刊当初の1980年代終わり頃のRM誌で京王の運転士が話していた記憶がある。うろ覚えではあるが。

そんなことを思い出していたら、京王線に乗りたくなってきた。東京近郊の京王線のお古の電車はよく撮りに行くのだし、たまには本山に参るべきだよな。とはいえ、いまの京王電鉄に趣味的なおもしろさを感じにくく(あいすみません)。京王「帝都」電鉄をほうふつさせるものが好きという、(あくまでも鉄道趣味に関してだけは)保守反動の輩がこの私だ(利用者としては新しい電車のほうがそりゃあいいですもの)。だから、京王線でも(趣味人としての視点では)7000系電車なら見てみたい。そういえば、保存車を見ることができる京王れーるランドもいまだに訪問していない。そんなに京王帝都時代が好きなのなら、京王れーるランドにも行ってみよう。

さいきん上毛電鉄大胡電車庫で上電700形(旧京王3000系)電車がパイオニア台車を履いているのを見たのも、そんな京王「帝都」電鉄への懐かしさを募らせる一因にちがいない。

なお、府中競馬場正門前でロケされているゲスの極み乙女。の曲は、どれもメロディー作りがたいへん気に入ってしまい、連日のように聴いている。そして、実に不思議な歌詞にも魅せられる。ときどき見られるちょっとした焦燥感がいまの自分の気持ちにも合う。でもむしろ、いつも似たような原稿を書いてしまう私には、ああいう歌詞はぜったいに自分に思いつかないようなものであるところに惹かれるのだ。だって……こんな歌詞なのだもの。

「本当なら『あんたら最悪ですね』と目と目で言い合いたい」
(アーティスト:ゲスの極み乙女。作詞・作曲:MC.K 2013年「ぶらっくパレード」より引用 )

【撮影データ】(すべて再掲載)Nikon D2X、D7000、Df・Ai AF Zoom-Nikkor 80-200mm f/2.8D ED <NEW>、Ai AF Nikkor ED 300mm F4S (IF)・ISO100・RAW(Capture NX2にて現像)


*上電700形の検査時に用いられる仮台車として用意されているパイオニア台車:イベント時にも公開されており、また電車庫が狭いせいか、ときどき駅そばの西桐生方踏切のところにTR-11台車とともに置かれていることもあるので、ご存じの方も多いだろう。もっとも、パイオニア台車を京王3000系が履いていた頃の記憶はうろ覚えでしかないのだが、井の頭線で子どもごころに「あれか!」と思った記憶はある。そして、このパイオニア台車は、どうやら東急7000系由来のようだ。なお、大胡電車庫のパイオニア台車についてはそのうち記事化する予定だ。

大胡電車庫にて許可を得て撮影

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