2024年12月30日月曜日

【秩父鉄道撮影記事】茶罐デキ105のシルエットを残照の荒川橋梁でねらった話

空の明るさが消えないうちにデキ105がやってきた

■やってやろうじゃねえか
下り返空の武州原谷行き鉱石貨物列車7205列車の牽引機が、検査上がりで塗装も真新しいデキ105だった。有名な桜並木のところで撮ることができて、私の「本気スイッチ」が入った。地元駅を5時半ごろに出る始発列車に乗って秩父まできて、15時すぎになってようやく本気モードになるとは。まじめに撮りたい被写体に遭遇できたのが15時近かったのだから仕方がない。

そんなわけで、武州原谷発三ヶ尻行きの下り積車である7206列車をこれからなんとしても撮るぞ、と気合を入れた。やってやろうじゃねえか。

水量は少ないが、川の流れで列車の音が聞こえにくい

足の遅い鉱石貨物列車が相手で、いま去っていった列車は武州原谷で石灰石の積み込みを行うとはいえ、ここから離れたところに移動するのは得策とはいえない。冬至すぎで日没も早いからだ。だから、桜並木の駅にいるならば……というわけで、荒川の河川敷に降りた。

適度に雲があるから空をうまく扱いたい

■折返しを荒川橋梁で撮ることも織り込み済み
正直にいえば、下り返空7205列車の折返しである積車の上り7206列車を荒川橋梁で撮ることも考えて、7205列車を桜並木で撮った。7206列車の武州原谷発車時刻は16時25分、武川17時43分着、18時発、三ヶ尻18時08分着だ。この日の日没は16時35分で、あまりすっきり晴れ渡っているわけでもない。そうなると、これから後続列車で武州原谷に行っても撮影時間に余裕がないうえに「なんとなく曇った絵」になりそうだし、上り方向に向かっても暗くなりすぎるのではないか。

7206列車が荒川橋梁に差し掛かる時刻は、公益社団法人鉄道貨物協会発行『貨物時刻表』などには掲載は省略されてはいるが、おそらくは17時ごろのはずだ。今の時期は16時半すぎに日没してしまうが、運がよければ日没から30分程度経った空は、いい感じに赤みを帯びることがある。ちょうどそういう時間に橋梁を渡るのではないか。

そういう予想ができたのは、経験のなせるわざかもしれない。

有料アプリ「サン・サーベイヤー」のARビューで日没と太陽の向きを確認

そして、私はまだ塗装変更後のデキ105をシルエットで撮ったことがない。だから、この確実にねらえる機会にシルエットで撮影しておきたい。シルエットで撮るならば列車の塗装は関係ないと思われるかもしれない。だが、光線状態によっては完全にシャドーをつぶさないこともある。だから、塗装はまったく無関係だとはいいきれない。

そんなことを瞬時に考えながら、河川敷に降りて撮影の支度を始めた。さいわい、列車の到着まで1時間弱ほどある。それだけあれば落ち着いてセッティングができる。河原は足場が悪いので、落ち着いて支度をしないと危険だ。

列車で太陽を隠せるならばいいのだが

■荒川橋梁はとてもむずかしい場所
さて、秩父鉄道で最も有名な撮影地である荒川橋梁は、私には非常に撮影がむずかしい場所だという思いが根強くあった。過去にたくさんのひとが撮影しつくしていて、どうやっても他人のまねのような絵柄になりやすい。

順光側から撮ると山並みに列車が埋もれがちだし
逆光側から撮るのでも道路橋の親鼻橋の処理をうまく考えたい

そして、雄大な雰囲気に飲まれてしまうのか、橋梁とその周辺の全体像を無難に画面構成してしまいやすい。昭和年間終わりのころ、中学生になったばかりの私がいちばん最初に撮った写真は順光側から撮って山並に列車が埋もれた「よくある写真」だった。

この場所を「自分なりに写せるようになった」という確信を得られたのは、せいぜいこの10年ほどだろうか。典型例などを無視して、自分の好みに従うことができるくらいの自信と経験を得て、最終的な絵柄を事前に想定できるようになった。

ほら、前回も書いたように、魔法と写真術は似ているのだ。「最終的にどういう状態にするか」と事前に思い描くことができればうまく魔法をかけることができるそうだ。これは撮影も同様だ。『葬送のフリーレン』で描写される「魔法はイメージだ」とは、そういう意味だと解釈している。

さらに、逆光側から夕方ねらう場合には気をつけないとカメラのイメージセンサーを焼いてしまう危険性がある。あれは2017年11月末だったか。私はこの場所でウルトラ露出オーバーでライブビュー撮影を行ってD7200のイメージセンサーに太陽光で穴を開けたことがある。それ以来用心して、太陽光を画面内に直接写し込むような早い時間に、望遠レンズを太陽に向けることはできるかぎり行わないようにしている。業務ユーザーサポートで「大昔のシャッター幕が布だったNikon SPやFの時代ならともかく、デジタルカメラでは初めて見ました」とベテラン係員にいわれたくらいで、そうそうあることではなさそうだが。

7106列車は太陽をうまく隠しきれず、仕上がりが気に入らない

荒川橋梁で撮るむずかしさのさらなるひとつは、画面内の太陽の位置関係をどうするかにもある。橋梁が高い位置にあるために、河川敷から撮ると橋梁を見上げることが多い。その場合に、橋梁の下に太陽が位置すると、なんとなく私は違和感を覚える。そうやって撮ったことも過去にはあるのだが。もちろん、好みにもよる。だが少なくともいまの私はそう思うので、太陽を橋梁や列車で隠すか、橋梁の奥にある山に隠すほうが好ましく思う。そういうことができるタイミングで列車が通過するかどうか。こればかりは天気や雲の発生のしかた、あるいは列車が来ないとわからない。

■神がかったタイミングで列車がやってきた
やってくる列車を試写しながら、上記のもろもろを考えていた。だから、露出のチェックとピントのチェックを入念に行いながら、自分にとっての疑問点を一つずつつぶしていった。

7305列車は太陽の位置はよかったが、雲がつまらないし
返空列車で積荷がないのもおもしろみに欠けるように思う

7206列車の一本前の上り鉱石貨物列車である7106列車は16時8分ごろ通過した。だが、太陽を橋梁で隠せなかった。画面が明るいのはいいが、やはり太陽の位置が中途半端に思えた。16時21分ごろに通過した下り返空の鉱石貨物列車7305列車は、太陽を隠すことができたが、返空列車だからヲキとヲキフに石灰石の積荷がなくて気に入らない。雲がないのもおもしろみに欠けた。

5000系もやってきた

16時半ごろに太陽は山の陰に隠れた。あとは、残照がどのくらいのあいだ空に残るかどうか。これからはもう暗くなる一方だからだ。旅客列車は室内の照明があるが、鉱石貨物列車はあまり背景が暗いとシルエットとしてはつまらない。太陽の傾きや雲の発生のしかたが気になって緊張が高まる。

「戦士ってのは最後まで立っていた奴が勝つんだ」(『葬送のフリーレン』戦士アイゼンのセリフ)
「最後まで醜く足掻くんだ」(同上宮廷魔法使いデンケンのセリフ)

「必要なものは覚悟だけだったのです。必死に積み上げてきたものは決して裏切りません」(同上魔法使いフェルンのセリフ)

前夜にまとめて見た『葬送のフリーレン』のセリフばかり浮かんでくる。鉱石貨物列車は速度が遅いし、橋梁の上では減速する。だが、橋梁にさしかかる直前まで木々で隠れて姿が見えないうえに、川の流れの音にかき消されてしまうので、列車の接近がわかりにくい。

空の明るさが残り、しかも赤みを帯びてきたころになって、待望の7206列車を牽引してデキ105が姿を現した。時刻は16時57分と予想通りだ。ピントも露出もすでにしつこいほど確認したから、あとは列車の画面内の位置を確認しながら冷静にレリーズするだけだ。雲も多少は空に残っているのもいい感じだ。

7205列車がやってきたのはベストタイミングだった

7205列車は橋梁を越えて去っていった。再生ボタンを押して拡大しながらピントチェックするのに、表示にかかる時間がもどかしい。だが、うまく撮れているという確信はあった。

ここ数年来の自分にとっての懸案だった「デキ105牽引の積車の鉱石貨物列車が、パンタグラフを2つとも上げて走るようすをシルエットで記録する」という課題をこなしたことに大きく満足した。

そう思い機材を片づけようとしたところ、わずかな名残の残照の色が濃くなってきて、そのさまを見ていると後ろ髪を引かれるような去りがたい思いをした。そこで、AI AF Micro Nikkor 105mm F2.8Dよりも明るいAF-S NIKKOR 50mm f/1.8G (Special Edition)にレンズを変えてさらに少しだけ待ち、やってきた下り旅客列車を撮った。2両編成のナナハチがうまく画面に収まってくれた。

名残の残照に後ろ髪を引かれて17時すぎまで撮影を続けた

2024年は私には、よくも悪くも想定外のことがたくさん起きた1年だった。だが、写真生活に関していえば、数は少なくても印象的な写真を年始から撮影できた自負がある。そして、1年の終わりに神がかったようなタイミングで被写体がこうして現れてくれるとは。いろいろな偶然が重なってくれたことは幸運だ。1年の締めくくりの撮影にふさわしい1日になった。

来たるべき新年にも、読者の皆さんと私の写真生活がより充実するようにと、心の底から願っています。今年もご愛読いただきありがとうございました。

【撮影データ】
NikonDf/AF-S NIKKOR 50mm f/1.8G (Special Edition), AI AF Micro Nikkor 105mm F2.8D/RAW/Adobe Photoshop CC 2024