2019年9月1日日曜日

【関西リハビリ鉄2019夏】南海高野線6000系撮影記 その1 堺東と住吉東にて


■南海6000系も撮ったよ!
「南海6000系電車ってあるやん。でもな、どうもうまく撮れへんのや。なんでかよぉわからんけど」という言いかたが正しいのかどうか、あずまびとの筆者にはいまひとつ自信がない。思わず「しらんけど」と書きたくなるほどだ。筆者がしばらく滞在していたのは南河内と泉州の接するあたりになりそうだけど、ネイティヴスピーカーじゃないから。河内弁と泉州弁だってちがいがあるはず。それに、年齢でも細かい言い回しがかわるはずだから。

まあ、そんなことはいいや。南海高野線の6000系電車を今年の夏はガツーン! と撮ってみようと思っていた。思っていたのだけど、どうもなんというか、完璧のペキっ! という仕上がりにならない。ようしらんけど。それでも、この夏の在阪療養期間中にときおり6000系電車にはカメラを向けたので、何度かにわけてそのようすをお伝えしたい。

2019年8月31日土曜日

【関西リハビリ鉄2019夏】JR和歌山線・桜井線105系撮影記 櫟本にて



■櫟本駅まで戻ってきたら
理駅との駅間にある有名撮影地に行くなどという、自分にとってはとてもめずらしい行動をしたせいか、いやちがう、ぜんぶ梅雨のせいだ。という理由からか、ぽつぽつと降っていた小雨がだんだん傘が必要な降りかたになってきた。折り畳み傘はきちんと持っているとはいえ、田んぼに囲まれて雨に降られながらずっと待つのも楽しくない。

そこで、西名阪自動車道のあたりまで戻り、天理インター前のセブンイレブンに行ってあれこれと食べ物を買う。高速バスの天理バス停はここにあるのか。あたりには、「天理ラーメン」という看板のある店がいくつか見える。まったく知らなかったけれど、そういうご当地ラーメンがあるのね。

2019年8月30日金曜日

【関西リハビリ鉄2019夏】JR和歌山線・桜井線105系撮影記 227系1000番台ってのはこれか!


■畝傍で新車に遭遇して立ちすくむ
さしぶりに訪れた御所(ごせ)では上下の列車ともに見たかった105系電車に運よく遭遇できて、こりゃあ幸先がいいと私はほくそ笑んだ……いやちがうな。「ほくそ笑んだ」ではまるで悪事を働くようだから、「にっこりした」だ。そうして、曇り空でももっと105系電車を撮りためたいと思い、近鉄御所→尺土→橿原神宮前→八木西口と「近鉄ワープ」の術を使い、桜井線(万葉まほろば線)畝傍(うねび)までやってきた。尺土→高田市→徒歩連絡→高田でも桜井線に来られるけれど、蒸し暑いしさ。八木西口と畝傍は目と鼻の先だ。もっとも、御所で奈良行き列車を待って乗るのと比べても、畝傍への到着がそう早いわけではない。御所でずっと待っているのがいやだったから、というだけだ。

そうして、畝傍で桜井線の上下の交換を目にしたら和歌山行き(桜井線内547T 奈良12:37〜高田13:23→和歌山線内461T 高田13:28〜和歌山15:34)は105系だったのに、奈良行き(和歌山線内444T 和歌山10:50〜高田13:04→桜井線内550T 高田13:09〜奈良13:58)はついに227系電車1000番台でやってきた。こいつが新車かあ!

2019年8月29日木曜日

【関西リハビリ鉄2019夏】JR和歌山線・桜井線105系撮影記 カメラのおっちゃんふたたび御所(ごせ)へ


■The Uncle Camera Goes to Gose, again!
の日は7月20日ではなくて、「7月の第3月曜日」とされていることを知らなかった。施行されてから15年以上経つのに。どうしてだろうと考えると、学生ではないので長期の夏休みがなく、海の日がいつあっても気にならないからだろうか。

というのも、今年の7月第3日曜日にふと出かけようとして「明日は海の日」だと聞かされて、じつにおどろいたのだった。まあ、行った先は奈良県御所市から橿原市と大和地方だから、海は関係ないな。しかも、もともと海なし県在住だし!

2019年8月28日水曜日

【関西リハビリ鉄2019夏】カラフルチン電 阪堺おでこライト電車モ351&モ501


■チン電散歩の日々を思い出しつつ
首都圏では熱帯夜が続いた暑苦しい日々が終わりを告げて、朝晩の気温がだいぶ下がり過ごしやすくなってきた。台風の影響もあり、夏の終わりをひしひしと感じさせる。小・中学生諸君で夏休みの宿題が終わっていない子は、そろそろ焦っているのではないかな。

2019年8月24日土曜日

【関西リハビリ鉄2019夏】令和を走る昭和の国電! JR奈良線103系撮影記事 その3「ふたたび宇治にて討ち奉れ」


■103系に揺られるたびに
じめて訪れたJR奈良線の不動川隧道で、103系NS409編成(クハ103-226、モハ102-611、モハ103-455、クハ103-225)が充当された上下の列車を撮ることができ、さらには予期していなかった103系電車NS407編成(クハ103-216、モハ102-614、モハ103-458、クハ103-215)の運用入りも知って満足した私は……蒸し暑さにめげて冷房の効いた電車に揺られることにした。

午前中に滞在先を出たときには空に晴れ間が見えたのに、奈良線沿線に着いてからずっと白っぽい曇り空であることも、撮り方をあらためて考える必要があると思わされたからだ。それにもちろん、1年ぶりに103系電車にも乗ってみたい。そこで、やってきた上り京都行きのNS407編成に乗り込んだ。

2019年8月23日金曜日

【関西リハビリ鉄2019夏】令和を走る昭和の国電! JR奈良線103系撮影記事 その2 「2編成とも運用入り!」


■103系電車が2編成とも運用に!
夕の日に玉水〜棚倉の不動川隧道で私が待ち構えていたのは、45A運用に充てられていた京都行きの103系電車NS409編成(クハ103-226、モハ102-611、モハ103-455、クハ103-225)だった。ところが、私の背後からはまったく予期していなかった103系電車の残りもう1編成であるNS407編成(クハ103-216、モハ102-614、モハ103-458、クハ103-215)が奈良行き下り列車として姿を現した。マジか! 

ということは今日の日中は2編成が奈良線を走り回るということ。毎日はこれらの動きをチェックすることはできなくても、ツイッターなどの目撃情報から判断すると、最近はまったくどちらも走らない日さえあるようだから、たまたま訪問した日に2編成とも動いているのはじつにラッキーだ。

2019年8月22日木曜日

【関西リハビリ鉄2019夏】令和を走る昭和の国電! JR奈良線103系撮影記事 その1 「天井川をくぐる」



■奈良県内を走らない奈良線へ
JR奈良線の列車のほとんどは、京都と奈良を結んでいる。ただし、奈良線に正式に所属する区間は京都と木津(京都府木津川市)のあいだで、木津から奈良までは関西本線の一部だ。そのために、奈良線は「奈良線」と名乗りながらも「奈良県内を走らない」路線ということになる。とはいえもともと、1896(明治29)年に奈良鉄道が京都と奈良を結ぶことを意図して京都〜奈良間を全通させた。さらに、奈良〜桜井間を建設していた初瀬鉄道を1897(明治30)年に合併していて、この区間も1898(明治32)年に全通させた。だから、京都から奈良を結ぶ路線という意味では「奈良線」と名乗るのはまあいいよな。

2019年8月21日水曜日

【関西リハビリ鉄2019夏】近鉄特急を追え! 新塗装の近鉄南大阪線16000系&16010系をねらう


■近鉄特急の塗装変更進む
レンジにネイビーブルーのツートンカラーを長年にわたってまとっていた近鉄の汎用特急車の塗装変更は確実に進められていて、南大阪線系統ではもはや16000系電車16007編成(Y07)以外は新塗装に改められている。

また、筆者はほかの近鉄路線をこまかく観察できてはいないけれど、橿原線に乗り換えて降り立った橿原神宮、大阪線に乗り換えた大和八木、列車を待っていた八木西口、大福などで見ていて、旧塗装でやってくる汎用特急車はあきらかに数を減らしている。撮影される方はお急ぎくださいというところ。

2019年8月19日月曜日

【伊豆箱根鉄道1980年代】赤電塗装の元国電17メートル車を見たくて


【おことわりとおわび】
※写真はいずれも旧ブログに掲載していたものの再掲載です。旧記事を復活させるのではなく、レタッチをやり直して新たに記事を起こしました。旧記事にいただいたコメントなどは反映できておりません。コメントをいただいたみなさんにはおわび申し上げます。

■店頭で「発作」を起こした
日のこと。用事があって出かけた「時の鐘と蔵の街」の駅ビル内のポポ…デッ…中古鉄コレ……西武371系クモハ377……KATOワラ1……ここで、筆者の身にはなぞの時間と記憶、そしていくばくかの金銭の消失が生じて……UFOと遭遇したのか。Xファイルか。おかしいな、ルパンを追っててとんでもないものを見つけてしまったあ、どうしよう。

2019年8月18日日曜日

【関西リハビリ鉄2019夏】木津川駅にて 南海汐見橋線撮影記 その2


■暑さは写真には写らない
さは写真にはなかなかうまく写らない。1930年代のソ連映画産業創世記のころに映画監督になったミハイル・ロンムがかつて、暑さとのどの渇きを役者が自然に表現できるように、たいへんな苦労を重ねて砂漠でロケ撮影をしたのに、ラッシュ(未編集の現像済みフィルム)を見てみると、「スクリーンの上ではむしろすべてが涼しげに見えるのにはほんとうに驚いた」とインタビューで答えていた*1。真夏の蒸し暑い時期に写真を撮るたびに私はいつもこのエピソードを思い出す。ドキュメンタリー、あるいは文学的な自然主義やリアリズムをめざしていない私としては、蒸し暑さなんて写真に写らなくていいけどさ……。