2021年10月23日土曜日

【秩父鉄道撮影記事】SLパレオエクスプレスを5002列車と入庫シーンを「チョイ撮り」する

秩父まで出かけて雲と蜘蛛の巣を撮るとか

■気温が下がって過ごしやすくなってきた

さわやかに晴れる日が増えた。気温と湿度も低い日が増えて、私には過ごしやすい。寒いと思う方は多いかもしれないけどね。

先日、SLパレオエクスプレスをひさしぶりに見てからいろいろと気にかかり、気温が低くなってからあらためて見たいと思っていた。気温が低ければブレーキ操作のさいに蒸気が漏れて写りやすくなる。梅雨どきから夏は雨の日のほうが迫力があるくらい。真夏はむしろ乗って楽しむほうがいいかもしれない。

2021年10月20日水曜日

【レンズフードの話】ニコンゼラチンフィルターホルダーAF-1はいつ発売されたのか

1977年ごろのニコンゼラチンフィルターホルダーAF-1
元箱が銀色だった。のちの製品では金色の箱になっている

■いったいいつ発売されたのかと考えていたら
カメラボディやレンズの発売年月日や発売当時の価格などを調べることは、零細メーカー製品でなければそう難しいことではない。ところが、メジャーメーカー製品でもアクセサリー類について、それもコンシューマー向けではなくどちらかというとニッチな業務用途向け製品の発売年月日を調べるのは、意外とむずかしい。

2021年10月15日金曜日

【秩父鉄道撮影記事】ひさしぶりの訪問日は「デキの動きもりだくさんの日」だった

貴重な東急8500系電車だし、秩鉄でもレア編成だけど、うしろうしろ!

■寄居で降りたらすごいものが通過していった
先日のひさしぶりの秩父路訪問、より正確には秩父鉄道沿線散歩の日は鉄ヲタ的にはいろいろと興味深い一日だった。SLパレオエクスプレスが運行される平日であり、茶色塗装に変更されたデキ105号が試運転を行っただけではない。

どうやら翌日からの鉱石貨物列車の運行再開に備えて、武川から武州原谷貨物駅、影森に向けて電気機関車の送り込み回送が行われる日だったようなのだ。

2021年10月13日水曜日

【秩父鉄道撮影記事】デキ105号機茶色に塗装変更! その試運転に遭遇す

ほんとうに茶色塗装になっていた。画面左奥ではデキ102が洗浄中

■広瀬川原まで来てみると
「秋晴れの平日にふらりと秩父鉄道沿線を訪ねた」と前回のエントリーでは書いた。でも、それはいささかカッコつけすぎる気もする。もちろん、半分はほんとうにそういう気持ちでいた。だが、残り半分は下心があった。

それは、熊谷工場(広瀬川原車両基地)に入庫していたデキ105号機が茶色に白い裾帯という、かつての秩父鉄道の電気機関車の塗装に変更された姿を見たかったからだ。すでに秩父鉄道公式がTwitterで発表していた。そして、留置場所によってはどうやら敷地外からその姿を見ることができるようだと思われた。そこで、その姿を見たくなって広瀬川原に立ち寄るつもりで秩父鉄道を目指したのだ。

2021年10月12日火曜日

【秩父鉄道撮影記事】ひさしぶりの秩鉄沿線散歩とSLパレオエクスプレスとの出会い


■10ヶ月ぶりの秩父路訪問でいろいろと
ひさしぶりに、ほんとうにひさしぶりに秩父鉄道沿線に出かけた。このブログ記事を自分で参照してみると、2020年12月中旬以来だ。春は上信電鉄沿線には出かけたものの、それからしばらくしてふたたびあれがああだったから。県内在住とはいえ、やはり不要不急の訪問は避けるべきであろうと思ってもいた。自分の調子もこのところ万全とはいえなかったし。

とはいえ、いまはあれの波はとりあえずは去った。そこで、大変よく晴れた平日にひさしぶりにふらりと秩父鉄道沿線を訪ねることにした。

2021年10月9日土曜日

【秩父鉄道2009〜2012】1000系電車1007編成「秩鉄リバイバルカラー」(チョコバナナ)のいたころを思い出しながら、鉄道写真でスナップショットを撮りたいのだと考える夜


■どんな写真を撮りたいのかとずっと考えていた
なかなか撮影に行けないでいる。緊急事態宣言も解除されたし、ワクチンも2回決めてから2ヶ月程度のいまこそ外出のチャンスではあるのだろうけれど。もう少しだけ体調が上向いてくれたらいいのだが。気温が高いとちょっときつい。

そういうわけで、あいかわらず過去に撮りためた写真を見ながらあれこれと、今後撮りたい写真のことを考えている。何度かお目にかけた写真ばかりで恐縮だ。

2021年9月30日木曜日

【鶴見線2012】冬の鶴見線海芝浦支線にて


■どうして鶴見線に行ったのか
古い写真をあれこれと見ていて……最近はそればかりだ。感傷に浸るのが目的ではなく、忘れていたような古い写真をきちんと見返して「今後の撮影ではここをこうしたい」と反省材料にしているつもり。それと、2021年9月末現在の自分の好みのRAW現像の手法で現像し直すと過去の写真がどう見えるか、という興味もある。

とにかく、2012年2月に友人たちと鶴見線に出かけたときの写真を見つけた。旧ブログには記事にしていたのにそれを引き継がないでいて、その存在を忘れていたのだ。

このときなぜ鶴見線に出かけることになったのかはいまでは思い出せない。当時の私は療養中だったし、外出やウォーキングを推奨されてもいたので、友人たちが声をかけて連れ出してくれたのだろう。ありがたいことだ。そこで、当時の記事を加筆しながらお目にかけたい。記事はいずれも2012年2月時点のものだ。

2021年9月24日金曜日

【秩父鉄道5000系】秩鉄5000系電車のことをあれこれ思い出す日々


■元都営地下鉄6000形である秩鉄5000系電車を思い出した
秋雨が少々落ちつき好天の日が続いている。まだ台風シーズンは終わってはいないだろうから、警戒を緩めてはいけないだろうが。だいぶ日も短くなり、秋の虫の声も聞こえるようになり、秋の訪れをいやおうなしに感じさせる。もう9月も終わりだものね。

2021年9月20日月曜日

【1990年7月】青梅線のEF64形1000番代牽引石灰石輸送列車いきあたりばったり撮影記


■石灰石輸送列車ももちろん撮った
1990(平成2)年7月に青梅線の列車撮影に行ったときに撮ったTri-X(コダックのモノクロネガフィルム)には、EF64形電気機関車1000番代が牽引する石灰石輸送列車の姿もとらえられていた。なぜ青梅線を訪問したのかという理由はもう覚えてはいない。

おそらくは、自宅から近いわりに山間を走る列車の雰囲気を楽しむことができて、同時に貨物列車も走っているからという理由で青梅線に決めたはずだ。だから、石灰石輸送列車を撮ることも訪問目的の大きな理由だったはず。

2021年9月18日土曜日

【1990年7月】青梅線「103系の沼」をかいま見る その2(高運転台車編)

クハ103ATC対応車の次に写っているのは
モハ72-970番代から改造されたサハ103-3000番代車じゃんか

ATC対応高運転台のクハ103が青梅線にいるなんて
1990(平成2)年7月の夏休みに青梅線の列車を撮りにでかけたときの話の続きだ。そのときに最も強く感じたのは、青梅線にも103系ATC対応高運転台車で冷房車のクハ103がずいぶん増えたなあということ。

京浜東北線および山手線用に製造された車両で製造数も多かったものの、その両線および横浜線と新規開業して間がない埼京線で用いられていた。それが、205系電車に置き換えられた。まだ車齢が新しいことからATC装置を下ろして青梅線・五日市線用に転属してきた。

それまでの青梅線の103系は初期に製造された低運転台・非冷房車がおもだった。この高運転台で冷房車であり、ユニット窓のクハ103形にはどうしても「京浜東北線および山手線用の電車」という印象が強くあり、青梅線で見るとじつに不思議な感じがした。

2021年9月16日木曜日

【1990年7月】青梅線「103系の沼」をかいま見る その1(低運転台車編)

有名な白丸駅下り方のトンネル
自分もモノクロフィルムでこれを撮ってみたかった


■ネガを見つけ出してフル解像度で再スキャンした
先日のリコーフレックスVIIで撮った青梅線のカラーポジのエントリーを書いたあとに、その文中でも触れた1990(平成2)年7月にモノクロームフィルムであるTri-Xで列車主体に撮影したネガを見つけた。以前にもなんどかお見せしたことのある写真が含まれている。だが、それらは当時のパソコンが非力であったために、600万画素相当(3,000×2,000ピクセル)程度でスキャンしていた。

いまも手元のパソコンは非力ではあるが複数台あり、「フィルムスキャナー専用機」を用意しているから、フィルムスキャンのあいだにパソコンが占有されても困らないよう、以前よりは自分のハードウェアの環境は改善されている。そこで、ネガがより傷んでしまうまえにあらためてNikon SUPER COOLSCAN 4000 ED(LS-4000ED)の約2,280万画素のフル画素(5,782×3,946ピクセル)でスキャンすることにした。Photoshopでの画像処理もむかしより経験を積んで、そう気が重くはなくなったしね。

そうしてネガスキャンした写真を見ていて、1990年の少年だった私には気づいていないことが、2021年の中年の私に見えてきた。それは、90年代の青梅線103系電車はバリエーション豊富で奥が深いということ。これは……沼だ。あえていおう、沼であると!