■本格的な行楽シーズン到来
関東地方もついに梅雨明けをした。その梅雨明け宣言が出た7月20日(月・祝)に、ひさしぶりに秩父鉄道を訪ねた。
秩父鉄道へは昨年の年末のSLパレオエクスプレス運行最終日ごろに足を向けて以来、ごぶさたしていた。なぜ行かなかったのだろう。3編成ある5000系電車のうち5002編成が正面帯をなくして側面を赤帯に、5003編成は側面は青帯のまま正面帯をなくすなど、三田線での昔の姿で走っていることも知っていたのに。
そんな姿も見たいし、鉱石貨物列車も見たい。SLパレオエクスプレス運行日ならば、C58363+12系客車の姿も。「都心から一番近い蒸気機関車」と秩父鉄道が謳うように、「都心から一番近い客車列車」として貴重な存在なのだもの。そこで、朝一番に職場で作業をしてから東武東上線経由で秩父へ向かった。
気象庁から「梅雨明けしたとみられる」と正式発表もあり、東武東上線の下り列車や秩父鉄鉄道秩父本線の列車にも行楽客がたくさんいた。秩父川瀬祭と熊谷うちわ祭の日でもあったし。梅雨明けして日差しも強く、気温も高くて厳しい暑さだが、行楽シーズンの秩父路はみな楽しそうで、列車に乗っていてもなんとなく楽しい。
■煙は期待しないとはいえまずは勾配のあるあの駅へ
SLパレオエクスプレスが走る日であることを確認してから、どこで撮ろうかと考えた。列車で追いかけるようなことはする気はしなかった。30℃以上の気温がある日だし……安谷川橋梁を越えたところの駅にした。お手洗いと飲料自販機もあるから。通過が正午過ぎだから煙も期待しなかったが、勾配を登るから……と思いながら待った。
それにしても……暑い。むかしむかし、SLパレオエクスプレスが走り始めるまえの1987年(昭和62年)8月27日に、当時中学生だった私は白久駅からこの駅を経て浦山口駅まで歩いている。そのあと、大野原駅から黒谷駅(当時)までも歩いた。そうして当時走っていた旧型電車の100形を写した。そのころはリアル中2だったから、もっといまよりも元気だったろうけれど……その日の秩父地方の最高気温は32.1℃だったのだそうだ。
ものすごく暑かった記憶があるけれど、いまよりも5℃くらい低かった。いまの35℃以上の気温で白久から浦山口まで歩く元気はさすがにないなあ。
日傘を差して列車を待ったものの、風もあまりなくて暑かった。通過していく列車の後ろ姿を見送った。12系客車も貴重なのだもの。窓が小さい後期型にはいまだに慣れないのは、2000年から秩父で走っているのに、頑固なヒヒジジイすぎるかな。
■ガン寝しながら上り方向へ移動上りSL5002列車はもっと上り方向で撮ろうと思った。ただし暑くてどこかで降りて食事をするとか、食料を調達するのが正直ダルい。秩父市内は混雑していそうだし、寄居でもスーパーマーケットは駅から離れている。駅に比較的近いところにコンビニエンスストアがある和銅黒谷、長瀞で降りるのも……と思っているうちに、冷房の効いた車内でガン寝して降りるタイミングを逸した。
結局、かつてかんぽの宿のあった駅で降りた。飲料自販機はあるからなんとかなるだろう。ここでならばSL5002列車の通過は15時半過ぎだから、そのくらいまでならば食事なしでもなんとかなる。
■背後からやってきたのは5002編成
駅を降りて少し歩き、駅を見渡すことのできる小さな踏切に陣取った。ここはお食事処と民家のすぐ脇だが、木があるのに木陰にならない。日傘を差して待った。
あいまに鉱石貨物列車も撮った。積車の下り鉱石貨物列車を牽引してデキ105号もやってきた。
そうして遠くから蒸気機関車の汽笛が聞こえて、ゆっくりとSLパレオエクスプレス5002列車が駅を通過し始めたころ、背後から下り列車がやってきた。正面の帯を剥がして側面を赤帯にした5002編成だ。
SL5002列車の対向に5002編成がやってくるとか、なにかの冗談だろうか。できすぎだ。運用さんの遊び心か。ちょっとびっくりだ。
下り5002編成が駅に停車するのにあわせて、通過するSL5002列車はふたたび速度を上げ始めた。そうして熊谷に向けて走っていた。
ひさしぶりの秩父鉄道訪問とSLパレオエクスプレスは、じつにいい運用に恵まれた。いままでに何度も撮ったことのある場所を選んでいて「冒険」はしなかったけれどね。
ちなみに、このあともあれこれ撮ろうと居残ったが、この交換で自分の幸運は使い果たしてしまったらしく、「居残り勉強」のほうの成果はあれだった。そういう日もあるよね。
【撮影データ】
Nikon Df/AI AF Nikkor ED 300mm F4S (IF)/RAW/Adobe Photoshop CC 2025






