2015年8月22日土曜日

【上信電鉄撮影記事】JAZZ&ビール列車に乗る

上信電鉄本社第一会議室からの眺め
 
■暑い日にアツい列車に乗った
高崎から吉井、富岡、南蛇井、そして下仁田にかけての一帯はじつに、じつに暑かった。でもそれは気温のせいではない。乗っていた上信電鉄の列車の乗客の熱気の高さと、私のように昭和の西武電車ヲタには、きわめてアツい列車運用だったから。

8月22日土曜日、上信電鉄本社に行った。上信電鉄の夏の風物詩である「JAZZ&ビール列車」に乗るためだ。時間まで、本社2階の会議室が控室として開放されていたので、その窓辺に立つと……うほっ! こりゃまた絶景ですなあ。昭和の西武電車ヲタにはね。もう酔いそう。

2015年8月19日水曜日

【上信電鉄撮影記事】立秋を過ぎたのに


■夏終了のお知らせ
今年、夏終わるってよ。

というわけではない。聞いたことがあるような言い方なのは、気のせいです。でも、立秋もお盆期間も過ぎて夏ももう終盤だ。それなのに、いまひとつ満足のいく「夏の絵」が撮れないことに、じりじりとした焦燥感を感じる。いや、趣味の写真の話ではないから。

2015年8月15日土曜日

【ニコンカメラ記事】View NX-iふたたび

View NX-iにしましたよ

■結局View NX-iに
思うところあって、というのはうそだな。必要に迫られて、あらためてニコンの画像閲覧ソフトをView NX-iにアップデートした。メインマシンをさすがに新しくせざるをえなくなり、OSが必然的にYosemite(Mac OS 10.10.4)になったから。そして、いま使わせていただいているD7200では、View NX2でも画像は閲覧できるけれど、レンズプロファイルがなくRAW現像ができません、というようなアラートが出る。それもうっとうしい。

2015年8月13日木曜日

【上信電鉄撮影記事】ホワイトタイガー走ってます


この草の根ブログにはいくつかの興味深い傾向がある。ニコン関連記事を書くとビュー数がぐわっ! と伸びる。いっぽう、鉄道記事でもいちばんビュー数が下がるのが上信電鉄だ。上毛電鉄のデハ101型記事などはビュー数が多いのに。

さて、その上信電鉄はいまや、首都圏で昭和の西武電車の世界を楽しむことができる最後の牙城ともいうべき場所だ。流鉄流山線も元西武新101系2連が走り回る住宅街として魅力的だが、上信電鉄は走行距離が長いことと、新101系よりも古い西武701系列が現役で走るところに、おおいなるアドバンテージがある。おまけに、AK-3コンプレッサーを響かせて。上信電鉄オリジナル車と仕様が合ったことが幸いしたのだろう。

2015年8月5日水曜日

【上信電鉄PETIT撮影記事】走れ上信オリジナル車


6000形は高崎方と下仁田方の両方にパンタグラフがあるのね

■いつも同じ写真だというのは……誤解です……たぶん
なにやら、連日似たような写真を撮っているようだ。ちがう鉄道路線を訪れても。まあ、撮影者が同じだからね。私はできるだけシンプルな画面にしたいだけだ。

さて、久しぶりに上信電鉄を訪れた。思えば、昨年の年始以来だろうか。あのころは待望の新車7000形が登場直後でクリーム塗装のままで走っていたし、烏川の佐野橋も再建されず、なによりも佐野のわたし駅がまだなかった。烏川右岸の佐野のわたし駅は、根小屋駅からいつもひいこら言いながら佐野橋を目指していた私には、とてもありがたい駅だ。佐野のわたし、ありがたいの私。なんでもありません。

2015年8月3日月曜日

【JR八高線PETIT撮影記事】入間川橋梁、ふたたび


■Foveon X3でぽわーん
暑さのせいなのか、すこし参っている。空模様も高湿度でぽわんとしている。先月半ばのころのような夕焼けにはならない。思い出して所用ついでに入間川の阿岩橋から、JR八高線入間川橋梁を撮ってみたけれど、先月のあの頃のようには焼けず、おまけにすこしずつ日没が早くなり、列車の時間と太陽の位置が合わない。

2015年7月30日木曜日

【流鉄流山線PETIT撮影記事】Sony Cyber-Shot RX100IIIで夜の流鉄を撮る


■RX100IIIを手に夜の流鉄を見てきた
あれはもう、1年以上前になるのか。Sony Cyber-Shot RX100IIIを持って夜の流鉄流山線を訪れたことがある。都心での用事の帰りに、新松戸=幸谷から小金城趾までの一駅を歩き、小金城趾から一駅だけ戻って帰ってきただけの、わずかな訪問だ。

2015年7月29日水曜日

【西武池袋線PETIT撮影記事】30000系電車笑電(Smile Train)2両固定編成にもの思う


■西武池袋線をずっと撮っていない
もうだいぶ長いあいだ、西武池袋線を撮っていない。つまり、新101系が池袋線の営業運転をやめて以来だから、2012年末から。もちろん、乗ってはいる。東京メトロ副都心線を介した5社相互乗り入れにより西武線内で見かける車種も増え、さらに、各種ラッピング電車も走っているので、乗るたびに9000系9003編成"Red Lucky Train"や6000系6157編成「黄色い6000系電車」、西武10000系10105編成"Red Arrow Classic"、あるいは東急5050系4000番代4110編成「東急ヒカリエ号」と離合しないか探すくせに。

2015年7月20日月曜日

【写真生活チラシの裏記事】例のバイブルを手にして


■子どものころに買えなかった本をゲットした
先日のエントリーでも言及した本が、思わぬかたちでたいへん安価に手に入った。『ぼくのローカル線』(写真集)写真:広田尚敬、文:嵐山光三郎、山と溪谷社 (1988年)だ。これはとてもうれしい。なにしろ1988年に出た本で、おまけにインプレスグループになる前の山と渓谷社の本だ。そして、おそらく当時でも部数がそう多く出たとはとうてい思えない。自分が出版業界で働いた経験から思うと、1988年で1,800円という価格がついているところをみると部数の少なさは想像がつく。この本は当時、中学生の自分には手を出しにくい価格だった。

【秩父鉄道撮影記事】秩父ジオパークトレインにて考えた

ほんの数秒前に左からシカが線路を横切った(dp3 Quattro)
秩父の土地利用状況のうち、約84%が森林なのだそうだ。それは、ジオパーク秩父のWebサイトを見ていて知った。そして、パレオエクスプレス5001列車を雁行して走り、秩父で追い越す運用に入っていた秩父鉄道7500系7502編成「秩父ジオパークトレイン」に乗っていて、そのことを改めて思い知ることになった。

冒頭の写真は浦山口の浦山川橋梁を渡り始める列車から撮ったことは、秩父鉄道を訪問されるお仲間のみなさんにはすぐにおわかりだろう。このカットを撮るほんの数秒前に、橋梁の向こう側をシカが横切ったのを見て、私はとても驚いた。タイフォンを鳴らして徐行して橋梁を渡った列車の車窓から右の木立に目をやると、黒い瞳をこちらに向ける2頭のシカがいた。

2015年7月16日木曜日

【JR八高線撮影記事】鹿山峠にて、1990年代(2021年12月加筆)

東飯能から歩いて聖望学園の前あたりにて

■DD51の重連が走っていた
JR八高線は関東平野の端、山地のはじまる場所、いわば平野と山地の境のあたりを走る。そのため、金子前後で加治丘陵(入間市と青梅市、飯能市の境)を越え、さらに東飯能から高麗川にかけては高麗丘陵を越える。そして、そこから先は寄居にかけて毛呂山や比企丘陵を抜けるために、金子から東飯能、高麗川から寄居にいたるあいだに最大20‰程度の勾配が何箇所もある。八高線でもっとも標高が高い地点は、入間市の金子付近だ。