2017年8月7日月曜日

【カメラチラシの裏】「距離計連動式カメラコンプレックス」


先日、仕事のあいまに「謎の時間の消失」「記憶の消失」があり、気づいたときには手元にキターイスカヤ・ナロードナヤ・レスプーブリカ(KNP)製の「M39/マイクロフォーサーズマウントアダプター」があって、ずっと以前から所有していたソビエト製M39(スクリューマウント)レンズが、最近手に入れたマイクロフォーサーズカメラであるPanasonic LUMIX DMC-GX7 Mark IIに装着して撮影できるように「なってしまった」という話を書いた。あたかも「ルパンを追っててとんでもないものを見つけてしまったあ、どうしよう?」という(しらじらしく驚きたいという)気持ちになったアレだ。

そうして、手持ちのシルバーのM39マウントレンズを装着しながら、ふと「わかってしまったこと」がある。いや、以前からうっすら気づいていたけれど、明確に言葉にしたことがなかった。それは、私にはとても根強い「距離計連動式カメラへのコンプレックス(劣等意識)」みたいなものがあるということ。あはははは。こりゃあ、しょうがないね。中二的被害妄想乙!


フィルムの距離計連動式カメラはいくつか所有している。そもそも、これらソビエト製レンズを使うボディとして、Zorki-3がまだ手元にあるし、ダブルネームのFED-ZORKIもある(1948年製がおもなのに、うちにあるのは1949年製というあたりがややネタ的)。いただいたキヤノン7もある。これら距離計連動式カメラはきちんとメンテナンスをしてもらい、スローシャッターも作動するし距離計もあっていたのに、結局は私は有効に使いこなすことができなかった。ぼけ像を見ずにピント合わせをすることだけではなく、一眼レフと比べると最短撮影距離が長いところも私にはものたりないのだ。

けれど、これら距離計連動式カメラのデザインやたたずまいはとても魅力的だ。だからこそ所有し続けているし、一時期は「一眼レフ同等の水準」に写真が仕上げられるようになりたいと、かなり意識して持ち歩いた。フォーマットサイズの差ならまだしも、同じフィルムサイズなら、どんな機材であっても確実に撮れるようでありたいと思うからだ。そして、私には大柄でめだつフラッグシップ機をかっこよく思う気持ちと同時に、主張しすぎない機材でさらっと撮りたいという相反した気持ちがある(いまは後者のほうが強い)。だから、かの舶来ブランドの距離計連動式カメラはいまでも私には「めだたない感じがカッコいいなあ」と思わせるのだ。ロゴがなければ最高だ。

とある、かの舶来ブランド距離計連動式カメラを使う写真が有名な写真家に、以前仕事でお会いしたときに笑われたことがある。なぜかというと、私が彼のニコンには遠慮なく触れさせてもらうのに、彼の距離計連動式のカメラにだけは触れようとしないから。でも、私に言わせるとその理由はシンプルだ。価格的に手が出しにくいうえに自分には使いこなせない、けれどその外見やたたずまいは好き。そんなものに触れたら、これから先にとても苦悩しそうだから触れないようにしていたのだけどな。知らないでいたらあこがれないですむものな。ええ、我ながらめんどくさいとは思いますよ。

だから、距離計連動式のカメラはうまく使いこなせないけれど、その外見にどうしても引かれるから、という理由で選んだのが、おそらくはGX7 Mark IIなのだなあ、ということをはっきり悟ったわけ。いまからフィルムカメラを使う気にはもうならない。使うならデジタルカメラで距離計連動式カメラっぽいものもいいなあ、と思ったから手に入れたのだろう。あーあ、とうとう言葉にしちゃったよ。ほら、それにLUMIXにはライカブランドレンズもあるから……あ、「ライカ」って書いちゃった! 

そう、GX7 Mark IIをはじめとするLUMIXを使いはじめて、LUMIXブランドのライカDGレンズのよさにもものすごく驚かされて、あらためて「ライカはいいというのは、ほんとうなのだな」と思ったのだった。かつてのR型レンズをマウントアダプターでD810やソニーαRあたりで使う写真家もいて、その独特の色やぼけに感心していたけれど、山形県天童町製のライカレンズ(マイクロフォーサーズマウントのライカDGレンズ)も、ライカレンズのぼけの描写はとても立体感があって好ましいのだ。色もきれいだし。

ライカレンズではなく、そのライバルであるツァイスレンズの設備と設計図から改良されたソビエトレンズを自宅の周辺で散歩のあいまに試写しながら思い出したのは、そんなもろもろのことだった。そして、やはりいまだに自分には、これらソビエトレンズを自分の写真に有機的に使う方法が見当たらない。なにかほしい絵があって、それに必要な場合に装備を決めるべきだと私自身は思うのに、ソビエト製M39マウントらしい絵は自分にはなにに必要なのだろう。などと、趣味の写真にもそういう仕事と同じように考えてしまうから、アレなのだ。ああそうか! 結局は撮影者の(勝手な)ロマンがうまく作用してアガっていい写真が撮れればいい、というだけだわ。そういう意味では、ソビエト製レンズでアガるなら、それはそれでいいというだけのことだな。深刻に考えちゃったよ。絞り開放での適度なにじみは好きだ。そして、Jupiter-11はけっこうピントが来る。あるいは、GX7 Mark IIをライカっぽく見せるのは楽しい(もうその屈折した思いを隠しません)。うーんうーん。夏休みの宿題というところかな。チラシの裏乙俺氏。

Jupiter-9 2/85を装着したところ

Jupiter-11 4/135

Jupiter-11 4/135

Jupiter-11 4/135

Jupiter-9 2/85

0 件のコメント:

コメントを投稿