2015年9月3日木曜日

【西武2000系PETIT撮影記事】2000系初期型前パンばんざい! いいぞクモハ2400!

西武新宿で見た2409編成。本川越方も2000系初期車☆
小学生の夏休み最後の日曜日に、西武線『妖怪ウォッチ』スタンプラリーに出かけたことは先日のエントリーに記した。そのさいに、西武新宿線であらためて2000系電車初期車の昭和臭と地味な出で立ちに萌えた。

平成20年代終わりにさしかかったいまの電車を見慣れている視点で見ると、昭和40年代から50年代前半の電車は、側面窓が小さい。営団地下鉄(当時)6000系電車や7000系電車の初期車は私には「正面デザインがカッコいいのに、側面が重々しい」電車の象徴に思えた。そう見えるのは裾が長いせいかもしれない。西武2000系初期車はそこまで側面窓の小ささを感じさせないが、新製当時は西武鉄道でロクサン譲渡車以来の20メートル4扉車だというのに、どうもあか抜けない電車に思えた。むしろ、のちに登場した新2000系のほうが側面はカッコいいとさえ。

私の好みが、戸袋窓がある方が好きだとか、窓が大きいか、数が多いほうが好きだというだけだろうけれど。

それが、3扉車が西武鉄道の本線系統から姿を消したいま、2000系初期車を見るとその昭和の垢ぬけなさにきゅん☆きゅんするというのだから(大げさなw)。我ながら身勝手なおっさんだ。

その2000系初期車のうち、私の萌え度数が高まるのが、2連の2400番台車だ。なにしろあなた、西武新宿方の先頭に連結されると2丁のシングルアームパンタグラフを掲げてぶっ飛ばしてくるのだ。

こちらは東村山で見たクモハ2401
ところが、西武新宿賤民歴はそれなりに長いのに、きちんとメモを取って観察しないせいか、新宿線の2連連結位置の法則性が見いだせないままだ。池袋線はきっちり、新101系の引退直前時期も、いまの新2000系も30000系も、2連は必ず飯能方にいて、いわゆる前パンになる。ところが、新宿線の2000系初期車と30000系は……本川越方にいたり、西武新宿方にいたり。よくわからないままだ。

だから、西武新宿方に2000系の2連がいる編成を見かけると、「今日はラッキー☆」というところ。そして私には、2000系初期車だけの編成だとなおうれしい。旧型国電は凸凹の編成が好きでも、新性能車(もはや死語)は編成美が整っているほうが好みだから。

えーと、国分寺線運用で2000系初期車2連ははじめて見たのですが
ここまでは前置き。その土曜日に、私自身ははじめて国分寺線運用に2000系初期車2連が前パン(国分寺方)にいるのを見た。東村山で新宿線の電車から思わず飛び降りたほどだ。2401編成と4連の新2000系(編成名を見忘れた)の6連が国分寺線にいるのは珍しいのではないか。なにしろ、国分寺線はふだんは2000系初期車の6連(登場時を彷彿させる6両固定編成)の独壇場なのだ。

思い返せば、新宿線で新101系が最後の活躍をしていた頃、本川越〜国分寺の運用にしばしば新101系295編成(スカートつき)が4連と組んで充当され、ほとんどの場合は国分寺方に295編成がいるので、「新宿線で必ず前パンになる新101系運用」として追いかけたものだっけ。

その再来なるか! と思ったものの……イレギュラーだったようで、その後は見かけない。いやあ、また走らないかなあ。2000系初期車の前パン6連!

……と、子どもに話したら「ふーん。で、あたらしい40000けいは、いつからはしるの?」と流されましたとさ(我が子ながらしごくまっとうな価値観)。2000系初期車2連の前パンだって、けっこうなレアアイテムなのに。

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