2014年4月24日木曜日

【上田交通1986年】「美しい時代へ」いたる前史の残滓。上田交通デハ3310+クハ3772



小ブログは最近どうやら「東急電車のブログ」になりつつあるようだ。でもそれは、 そういう「路線」を意図しているわけではない。いや、意図していないというわけでもないとはいえ、最近の私の趣味的な興味が地元の「地獄の番犬(ケルベロス)の名前のハゲタカファンド」に支援を受けて再上場を果たした黄色い電車ではなく、そこを走る銀色に赤い帯の電車のほうにあるから。そのケルベロス線、じゃねえ、西武の電車を見てもおもしろくもなんともない「西武不感症」な状態にも困りものだ。

そういえば、先日は特急レッドアローの東横線直通の是非が語られている媒体があった。まずは桜やシバザクラ、ヒガンバナが咲くシーズン中の土休日や祝日に西武6000系や東急5050系快速急行の延長運転を行ってみるべきだろう。

さて、今日はそんな「美しい時代へ」移る前の1975年および1983年に、 上田交通(当時)にやってきた東急デハ3310とクハ3772の姿をお目にかけようと思う。撮影は1986年10月1日。1500Vへの昇圧が行われた日のことだ。


上田交通はずっと行きたいと思っていた鉄道だったのに小〜中学生の私には一人で出かけるのは秩父が精一杯だった。少しずつ行動範囲を広げる家族との闘いをしているなかで、高校生になったら行きたいと思っていたのが上田だった。なにしろ、その頃でもモハ5250の走る姿は奇跡のような存在だったから。新潟の親戚宅への行き帰りに信越本線に乗ったことは何度もあったから、「その途中」にある上田なら説得もしやすかった。

都内の公立学校の生徒にとって10月1日はうれしい休みの日(都民の日)だ。1986年の10月1日に上田へ行くことについてどうやって家族を説得したのかいまとなってはまったく覚えていないが、昇圧開始の日にようやく訪れたというわけだ。

もっとも、すでに電車は東急からやってきた5000系(カエル)と5200系(湯たんぽ)だけになり、丸窓電車をはじめとする旧型電車は上田や下之郷、別所温泉で永い眠りについていた。 私はいわばパーティに遅れて行ったまぬけな客のような存在だった。

それでも、下之郷の車庫では前日まで動いていた電車と「動く可能性があった」電車、それに倉庫代用の木造車体や古い台車、凸型電機を目にすることができてとても興奮した。そして、私が気に入ったのは東急時代の塗装のまま残されていたデハ3310とクハ3772の姿だった。

東急のライトグリーンに塗られた旧型車は、私は東急線上でかろうじて数回見る機会があったにすぎず、その走る姿をカメラに収めることはできなかった。それでも、親近感を持っていた。実を言うと戦前生まれの小型の電車は私には「古すぎ」ていまひとつなじみがなかったのだと思う。

するとやはり、私の趣味の対象はあくまでも親近感でしかないのだろうか。まあ、そのことはいまは深くは考えないでおこう。

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