2014年1月13日月曜日

【西武鉄道1980年代】デビュー当時の3000系

ツートンカラーでスカートのない登場時の姿
さて、先日は1986年春の西武池袋線江古田駅付近を走る101系電車の様子をお目にかけた。この日はそのエントリーでも書いた通り、デビュー間もない3000系電車を見に行くのが主目的だった。3000系は新101系に似せた3扉のデザインの車体に足回りは2000系と同じチョッパ制御車だった。初の8両固定編成で、各駅停車に主に用いられた。この8両固定でほかの形式と混結できないところが、2000系のような柔軟な運用をこなすことができず現在の置き換え対象となってしまった。


引退前にツートンカラーをやってくれないかな

遠くから見ると新101系とよく似ていて、だけど優等列車運用に入れない(現在でも土日や日中昼間以外はもっぱら各駅停車に充てられている)ところが、実に損で地味な存在に見えたのはいなめない。デビュー当時こそは撮ったものの、近年のラッピング対象になるまではあまり真面目に注目されていなかったと思う。私以外のファンにも。

ともあれ、30000系10両固定編成車が運用入りして数を減らしつつあるから、少しずつ機会を見つけて撮影して行こうとは思う。

2 件のコメント:

  1. 昨日の通りかかり2016年10月17日 13:07

    こんにちは。昨日に引き続き、お邪魔致します。
    僅か2枚ながらも、ピンポイントで貴重なショットを捉えた組写真?ですね。時折、様々な方の作品を拝見させて頂いておりますが、白黒写真ですと、遠い昔の事に感じられるものが、鮮明なカラー写真となった途端に、数年前やつい最近のブログ写真と変わらない様に感じられるのが不思議なところです。今となっては、見ても何処か判らない人もいそうな時代のものとなっているのですが。
    2枚目の3002号車のお写真など、左に住宅が立ち退いた後の「線増連続立体交差化事業用地」が写り込み、庭木であったろう木立が佇んでいる辺り、当時の雰囲気を良く感じさせますね。所々、建物の土台なんかも残っていましたっけ。そして反対側の車窓に目を遣れば「高架反対地下化促進」!
    3000系、世間的には注目されていなかったのですか!(涙)。やっぱり・・・?
    451系の面影を側窓に残す同車は、当方には、赤い電車や701系亡き後の池袋線通勤車の、少しばかりの"潤い"でした。・・・ちょっと大袈裟ですね(笑)

    懐かしいお写真を有難うございます。

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    1. >昨日の通りすがりさん
      こんにちは。コメントありがとうございます。これらの写真を撮ってからすでに30年が経ていることにいまさらながら驚かされます。ネガ自体がだいぶ褪色してしまい、これ以上補正をかけるのは手間がかかりすぎるので褪色を残したままです。いまでは江古田と桜台の間の西武有楽町線が地下へ入り(池袋線は地上に降りて)環七と交差する辺りも、いま思えばこんなだったっけ……と思わされます。3000系電車は、編成数の少なさと8両編成固定であることで運用が限られていただろうこともあり、やはり地味な存在だったと思いますよ。

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