2014年3月4日火曜日

【秩父鉄道5000系撮影記事】シブい5000系、けっこうレアかも


3月末で秩父鉄道1000系1003編成が引退したのちに、従来からの秩父党とシブい電車が好きな私鉄ファン、そして都営地下鉄ファンが注目するであろう電車が5000系だ。いや、1000系の引退いかんに関わらず、好きな人は好きなのだよな。というのも、前回のエントリーは予想以上のView数を得て大変驚いたのだ。とはいえ、チョッパ制御車の元東急車たちのなかで抵抗制御のスキンステンレス車として3編成だけ走るレア感もあり、昭和40年代テイストのデザインである5000系をちゃんと撮ろうというファンには、その活躍ぶりは気になる存在だと思う。




私自身は「5000系が特に好きだ」とは口が裂けても言えないけど、シンプルな姿でガタピシ走る感じ(*)は頼もしくて好きだ。直線を基調としたデザインや、「とにかく軽量な電車にする」という思想になる時代背景のなかで登場した重厚でしっかりした雰囲気は好ましい。東上線や東横線こそ走ることがなく地味な存在に徹しながら三田線から撤退しても、結構な数がジャカルタと秩父、熊本で走り続けているのだから、ものの価値がわかる人からすれば隠れた名車なのだ。そして、逆光で見るとカッコイイ。

【追記】3月3日(月)より西武鉄道からの秩父鉄道直通列車が運転再開したそうで。これでようやく正常運行になりましたね。よかったよかった。

*1「ガタピシ走る感じ」:乗り心地が悪いわけではないのに、ガタピシいいながら走る感じがある。

*2「『とにかく軽量な電車にする』という思想になる時代背景」:秩父を走るのはたしか、昭和48年から49年製(間違っていたら申し訳ないです)で、第1次オイルショックの頃製造された電車ではあるが、もともとの設計が昭和43年の三田線の開業に合わせて登場しているので、いわばオイルショック以前の設計思想に基づいた電車だといっていい。踏切の多い東武東上線を走ることを想定していたらしく、高運転台の頑丈な車体を持つ手慣れた抵抗制御の電車として登場した(チョッパ制御ではないのは乗り入れ相手の東武鉄道側と仕様を揃えたことや、そもそも当時はイニシャルコストの問題もあっただろう)。戦前の電車に比べたら軽いだろうけど、昭和50年代以降の軽量設計や省エネの思想を取り入れる以前の電車なのだとつくづく思う。それゆえ、壊れにくく頑丈なのではないか。カメラだって昭和40年代のカメラは頑丈で壊れにくい。ニッポンが元気だった時代の品物はとても頑丈なのだ。

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